母の貸本屋

父の仕事の収入だけでは家計が苦しいので、母は山国川で青のりや、カキを採ったりしていました。家のすぐそばに川があったので、潮が引くとそのまま川に下りていくことができました。

青のりもカキも、真冬の寒い時が収穫時季です。青のりを採る時季は、川に氷が張るような時でも、かじかんだ手で小石に生えた青のりの芽を摘んでいました。カキは養殖ではない自然に育った小さなカキですが、これが本当に美味しく、最近の養殖カキとは比べものにならない味でした。カキご飯にすると最高に美味しかったことを覚えています。

ある日、母が「貸本屋をやってみたい」と言い出しました。「ええ、かしほんや?」と私は思いましたが、母はすっかりその気になっていました。

母と一緒に中津の貸本屋や古本屋を訪ねて、少々の本を買い集め、近所の大工さんに簡単な本棚を作ってもらい、ささやかな貸本屋を始めたのです。

私の住んでいる地域は漁師町ですから、初めは本を借りに来る人などいるのかなと思いましたが、それが結構いるのです。単行本や文庫本、『平凡』、『明星』、映画雑誌など、漁の閑散期にはたくさんの人が借りに来ました。お客さんの多くが顔見知りの人でした。当時はまだ家庭にテレビなどはなく、家で暇な時間をつぶすには読書が一番だったのかもしれません。

※本記事は、2017年11月刊行の書籍『霧中の岐路でチャンスをつかめ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。