謎多き天才が残した一枚の絵画をめぐる、
超大作アート・ミステリー。
写真家の宗像は、偶然訪れたロンドンの画廊で、一枚の肖像画に心を奪われる。絵画の名は、夭折した謎多き天才画家ピエトロ・フェラーラの「緋色を背景にする女の肖像」。フェラーラの足跡を追い求めてたどり着いたポルトガルの地で、宗像は美術界を揺るがす秘密に迫っていた。美術界と建築界に燻るスキャンダル。その深部と絵の謎が交錯していく。アートに翻弄された人々の光と影を描き出す、壮大なミステリードラマを連載でお届けします。
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「しかし……」
何かを言いたげな宗像を遮って心地は話を続けた。
「それに、現在確認できる限りだが、彼の絵のパブリック・コレクションとしては、フィレンツェ、ヴェネツィア、アムステルダム、エジンバラの各美術館とロンドンのナショナル・ギャラリーに、それぞれ一点ずつ所有されているに過ぎない。合計で僅かに五点。恐らく残る二十三点の殆どは個人所有だろうよ。だからこそ、俺でもなかなか分からなかったはずだ」
「やはり特異な画家ということか?」
「そういうわけだな。話は戻るが、俺はフェラーラの絵にロイド財団が濃密に肩入れしている事実の方に、むしろ興味がそそられるよ。権威ある受賞八件のうちの二件は、完全にロイドだし、画集や作品集などは全てロイド出版だ。批評家も当時ロイド・ファミリーと目されていた連中だし、偶然というにはな? しかし、ちょっと面白そうだな」
「ロイドとはそれほどの?」
「そうだ。今回、画集で見た限りだが、絵は確かに凄腕のテクニッシャンによって描かれているし、ミステリアスな絵でもある。だが、ロイドとの関係が一番興味をそそられる部分だよ。何しろロイドといえば、英国随一の大ギャラリーを持つだけでなく、オークション機構を所有していたり、出版その他の文化事業にも深くかかわる、一大芸術文化のシンジケートだからな。
宗像、お前は知らんだろうが、今ロイドには大きな問題が起きている。全てを掌握していたエドワード・ヴォーン会長が、つい二カ月ほど前に突然亡くなってしまったんだ。後継者も作らずに四半世紀、たった一人でロイドを取り仕切ってきた男だ。もしもこの件に何か特別の事情があったとしても、今となれば真実は分からんだろう。すべてが藪の中だ」
「心地、お前、わずかな時間でそれだけ調べたのか? さすがだな。だが先ほどのヴォーン氏だが、残されたご家族はどうなっているんだ?」
【登場人物】
宗像 俊介:主人公、写真家、芸術全般に造詣が深い。一九五五年生まれ、46歳
磯原 錬三:世界的に著名な建築家一九二九年生、72歳
心地 顕:ロンドンで活躍する美術評論家、宗像とは大学の同級生、46歳
ピエトロ・フェラーラ:ミステリアスな“緋色を背景にする女の肖像”の絵を26点描き残し夭折したイタリアの天才画家。一九三四年生まれ
アンナ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラーの妻、絵のモデルになった絶世の美人。一九三七年生まれ、64歳
ユーラ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラの娘、7歳の時サルデーニャで亡くなる。一九六三年生まれ
ミッシェル・アンドレ:イギリス美術評論界の長老評論家。一九二七年生まれ、74歳
コジモ・エステ:《エステ画廊》社長、急死した《ロイド財団》会長の親友。一九三一年生まれ、70歳
エドワード・ヴォーン:コジモの親友で《ロイド財団》の会長。一九三〇年生まれ、71歳
エリザベス・ヴォーン:同右娘、グラフィックデザイナー。一九六五年生まれ、36歳
ヴィクトワール・ルッシュ:大財閥の会長、ルッシュ現代美術館の創設者。一九二六年生まれ、75歳
ピーター・オーター:ルッシュ現代美術館設計コンペ一等当選建築家。一九三四年生まれ、67歳
ソフィー・オーター:ピーター・オーターの妻、アイリーンの母。
アイリーン・レガット:ピーター・オーターの娘、ニューヨークの建築家ウィリアム・レガットの妻。38歳
ウィリアム・レガット:ニューヨークでAURを主催する建築家。一九五八年生まれ、43歳
メリー・モーニントン:ナショナルギャラリー美術資料専門委員。一九六六年生まれ、35歳
A・ハウエル:リスボンに住む女流画家
蒼井 哉:本郷の骨董店《蟄居堂》の店主
ミン夫人:ハンブルグに住む大富豪
イーゴール・ソレモフ:競売でフェラーラの絵を落札したバーゼルの謎の美術商