平原綾香の「明日」だった。澄世は秘かにK先生の事を想って歌った。澄んで綺麗な高い声だった。澄世の瞳が潤んだ。和彦は澄世を抱き寄せた。抱擁を交わしたが、キスは拒まれた。

「結婚するのよ! きっとよ」
澄世は帰り際にもハッキリとそう言った。

年が明けた。平成が最後の年、三十年は澄世にとって特別の年だった。まず、一月にいけばなインターナショナルの新年会が東京のパレスホテルであり、辻井ミカ先生が、華道界を代表してデモンストレーションをされるので、日帰りで出席する事にした。

一月十八日(木)、朝七時五十分に新大阪から、華道仲間の秋川さんと新幹線のぞみに乗り、東京に十時二十三分に着いた。パレスホテルまで歩き、会場の葵の間に入った。

十一時に開会され、いけばなインターナショナルの名誉総裁、高円宮妃久子殿下と、お嬢様の絢子女王殿下がご臨席になった。高円宮妃久子殿下が壇上に立たれ、挨拶を述べられた。始めに流暢な英語でスピーチをされ、そのあと日本語で、さっきの訳を話された。

嵯峨御流は嵯峨天皇の花を愛する御心を引き継いでおり、その旧嵯峨御所大本山大覚寺は、今年記念すべき年である。一二〇〇年前、疫病がはやった時、嵯峨天皇が弘法大師のすすめにより、万民の平安を祈って般若心経を写経され、疫病が鎮まった。

その年が戊戌の年だったことから、以後六十年に一度、戊戌の年に嵯峨天皇の書かれた勅封般若心経が開封される。今年は六十回目の戊戌の年で、戊戌開封法会が行われ、嵯峨御流は創流一二〇〇年を迎える。

その嵯峨御流のデモンストレーションで、今年のいけばなインターンナショナルが始まる事をとてもうれしく思う……。

そんな内容だった。

※本記事は、2018年9月刊行の書籍『薔薇のノクターン』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。