三月十一日(金)曇

今月の終わりくらいに、祖母の墓参へ行こうと決めた。“信玄の隠し湯”で知られる、山梨・下部の菩提寺にある桜は、樹齢二百年を超える立派なソメイヨシノで、それを見るのを母も楽しみにしていた。

ところが、「やっぱり、行きたくない」と、突然母が言いだした。

体力に自信がないためか、それとも介助する私たちを煩わす事への気づかいか……。それを問うても答えはくれず、とにかく「行かないで、行かないで」と手を合わす。

かと思えば急に豹変し、「ばか! お前はしつこいよ……」「お前も頭がくるったのか……」などと暴言を吐き、私を困らせる。

「脳腫瘍は人格を変えてしまう事も……」と、高瀬医師が言っていたのが現実になってきたのだろうか。夢と現(うつつ)を行き来している母のこの怒りは、頭の中の悪魔が言わせているもの……。

しばらくすると、「ごめんね。さっきの言葉、取り消す」と、母が言った。どこからどこまでの言葉を取り消すのか、はっきりとはしないが、私の焦心が少し晴れた。

※本記事は、2020年7月刊行の書籍『ありがとうをもう一度』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。