三月九日(水)

ガンは一番いい死に方だと言う医者もいる。

それは乱暴な意味ではなく、本人も家族も、少しずつ覚悟と準備が出来るからだ。

事実、母のガンを初めて知った時、その言葉があまりに重く、まるで明日にも死んでしまうかのように私は狼狽(うろた)え、母は自暴自棄となっていた。

今とて、覚悟が決まったとは到底言い難く、日々切ない気持ちでいることに変わりはない。けれど、命の尊さを考え、限りある人生を見つめる時間を持てたという意味においては素晴らしい事だったと思う。

無論、昨日まで元気だったのに……と、苦しまず“ピンピンコロリ”と逝ける事に越すものはない。が、少なくとも私と母にとっては、正解の終焉の迎え方ではないだろうか。

もし母が、脳梗塞で一夜にして、交通事故で一瞬にして死んでしまったとしたら、こんなふうに哀楽を共にする時も大事に看取る事も許されず、きっと今よりずっと大きな悔いとなったであろうから。

※本記事は、2020年7月刊行の書籍『ありがとうをもう一度』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。