とおく異国から、商人が到着すると、市場はいろめき立つ。駱駝の背中に山と積みあげられているのは、酒、干しぶどう、香辛料や工芸品、いずれもこのあたりではめったに手にはいらないものだ。彼らは商品を売った金で、市場へくり出す。たくさん買い込んでくれるだけに、商店主にとっては、舌なめずりして歓迎したい上客なのだ。

「おれたちも稼がなくちゃ。あ、そうか、おたくの湯(スープ)は豕(ぶた)をつかってるんだったな。それじゃあダメだな。おたくは次をねらえ。土魯番(トルファン)とか、琉球あたりから来た使節団なら、商機だぞ。おれが宣伝しといてやるからさ。ここの湯麵(しるそば)がいちばんうまいってな」

「じゃ、あんたが儲かったら、おごってくれ」
「ははは。たまには二人で、きれいどころのいる店にでも行くか?」
「行ったって、腹の下には、なんにもないではないか」
「女と過ごすのに、あれをしなくちゃならんという法はなかろう」

まあ、それは、たしかに。

「蔑(さげす)まれたらどうする?」

「そんなこと気にしてるのか? そんときゃあ、そんときだ。性根のわるい女に当たったとあきらめて、次をさがすさ。おい、客だぞ。じゃあな」

近づいて来たのは、なんと田閔(ティエンミン)であった。

「ひげのある鯉が目印だというから、さだめし漁門の出店とは思ったが……まさか、おぬしが切り盛りしていたとはな」

田閔(ティエンミン)が、椅子に腰かけた。
のばした麵を、ぐらぐら煮立った鍋に、ほうり込む。

「それにしても久しぶりだな。宝林館(ほうりんかん)の一件以来か」
「宝林館?」

「ほれ、以前、おぬしが材木の交渉に来たではないか。あのときはハラハラしたぞ」
「うむ……」

「で、誰を抱き込んだ?」
「え?」

「ああして立派な建物ができたのは、ほかの有力者にわたりをつけたのであろう? 誰だ?」

田閔(ティエンミン)も、爺さまとおなじことを、訊いて来た。

※本記事は、2018年12月刊行の書籍『花を、慕う』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。