高山佳奈子教授も(ジュリストNo183医事法判例百選、2006年9月P8)にて、「人の生命や健康に資することこそが医師という資格の特質であって、刑事司法への協力は医師の資格と本来関係がない。医師法第21条の義務は、まさに捜査の端緒を得させるために設けられているのであるから、これが自己負罪拒否特権と正面衝突することは明らかである」と論破している。

また、院長を共同正犯として処罰したことに関して、「共同正犯が成立するには、一般に、互いの行為を利用・補充し合う関係が必要であり、不作為の場合には、作為を妨げる方向に働くかなり積極的な関与が必要だと解される。そのように強力な関与ならば、強要罪その他の犯罪類型で補足すれば足りる」とし、院長を共同正犯とした判決に批判的見解を述べている。

医療事故調査制度問題に関与した当初、「外表異状」が広く認知されていなかった時期、筆者も、外表異状を否定すれば、医師法第21条は憲法違反だと主張して来た。しかし、外表異状が浸透し、「死亡診断書記入マニュアル」も改訂された現在、医師法第21条の解決は、現実的に「外表異状」で十分である。

警察届出件数も以前のレベルに回帰した今、医師法第21条単独改正など無意味である。ましてや、日医が主張する「検案して犯罪と関係ある異状があると認めたときは24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」との改正は届出範囲を拡大するのみで有害である。

日医は、死体解剖保存法第11条(「…死体を解剖した者は、その死体について犯罪と関係のある異状があると認めたときは、24時間以内に、解剖をした地の警察署長に届け出なければならない」)の規定と同様に、「犯罪と関係ある異状」との一文を挿入することで解決すると誤解しているのではなかろうか。

業務上過失致死罪は、犯罪類型である。解剖の場合は、解剖医本人が、業務上過失致死罪の当事者となることはありえない。解剖の対象は死体即ち、既に死亡している人であり、解剖医の過失により、さらに死亡に至るということはない。

一方、臨床医においては、患者が死亡した場合に、過失がなかったか否かが問題となってくる。日医の主張する「犯罪と関係ある異状」となると業務上過失致死罪およびその疑いも含めると、限りなく、届出対象が拡大してしまう。同時に、憲法第38条1項(自己負罪拒否特権)とも正面衝突することとなろう。日医改正案は、明らかに有害である。

※本記事は、2018年12月刊行の書籍『未来の医師を救う医療事故調査制度とは何か』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。