東京都立広尾病院事件東京高裁判決と医師法第21条

(3)東京都立広尾病院事件最高裁判決と医師法第21条​

・最高裁判決の意味

最高裁は、東京高裁がいうように、「検案」とは死体の外表を検査することであるとし、「外表異状」に基づいて判断すべきであると述べている。また、敢えて憲法との関係にも言及し、「届出人と死体とのかかわり等、犯罪行為を構成する事項の供述までも強制されるものではない」として医師法第21条の憲法違反を否定した。

異状死体の判断を「外表異状」とすることにより、合憲限定解釈手法により憲法との関係を整理したものである。この最高裁判決については、厳しい批判も存在している。これについては後述したいが、とにかく医師法第21条の「異状死体」の判断は「外表異状」として司法としての決着をつけたものである。

この判決は刑集(刑事裁判集)に登載されており、下級審を縛るものである。判例に反する判決は、それ自体が上訴理由となるし、また、判例変更には最高裁大法廷の開催が必要であるので、現時点においては、「異状死体」の届出義務は「外表異状」によるものというべきであろう。

現時点における医療現場の現実的な対応は、医師法第21条の異状死体の届出義務は「外表異状」であるとすることで十分である。基本的人権である自己負罪拒否特権(憲法第38条第1項)に抵触しないように、最高裁が医師法第21条を限定解釈した結果である。判例変更が極めて困難であることを考えると、これで当面の決着と考えるべきである。

しかし前述した如く、この最高裁判決には批判があることも事実である。佐伯仁志教授と高山佳奈子教授の批判を骨子のみ記載しておく。

佐伯仁志教授は、(ジュリスト増刊生命倫理と法、2004年12月P69)「医療過誤によって患者を死亡させて刑事責任を追及されるおそれのある医師に医師法第21条の届出義務を課し、その違反を処罰することは、憲法第38条第1項(自己負罪拒否特権)に反する疑いが強い。すなわち、医師法第21条の届出義務制度は、一般的には合憲だとしても、業務上の過失によって患者を死亡させた医師に適用される場合には、適用違憲となる疑いが強い」と述べ、「医療過誤を犯して刑事責任を追及されるおそれのある医師は、医師法第21条の届出義務を負わないものと解すべきである」と述べている。