頑張らなくちゃ

定食を食べながらたわいもない話をする。今日会ったばかりとは思えないほど、早坂と話すのは気楽だった。向こうもそう感じていたのではないだろうか。

「じゃあ、また」

早坂は早速午後から仕事があるようで、昼食を終えると食堂を後にした。

僕は、外科の手術を見学することにした。更衣室で着替えて、手術の進捗状況を示すボードを見ると、胃癌、肝臓癌の手術が行われている最中であり、大腸癌の手術がこれから行われるところだった。つまり、外科の手術だけで3つの手術室が同時に使われることになる。

これを医学用語では「横3列」という。しかも、胃癌は今の手術が終わると、入れ替えでもう1件予定されている。これは「縦2列」という。

石山病院では癌の手術は1日に1件あるかないかで、横2列だとしても癌のような大手術が2室で同時に行われることはなかった。やはり東国病院はスケールが違う。

とりあえず僕は、これから行われる大腸癌の手術を見学することにした。

手術室だけで20部屋以上あり、迷路のようになっている。目的の部屋にたどり着くだけでもひと苦労だった。
ようやく部屋にたどり着き、のぞき窓から部屋の中を確認する。

「よし、入ろう」

意を決してドアのフットスイッチを踏み、手術室内に足を踏み入れる。

手術室には独特の緊張感がある。空間ができ上がっているため、途中から入るのは勇気がいる。ドアを開くと必然的に視線が一瞬こちらに集まる。経験上、手術している側は途中で入室する人がいても集中力が途切れることはないためあまり気にならない。それが分かっていても、途中入室する時は空気を乱してしまうような気がして気を遣う。

ドアが開くと、想像していた通り、室内の視線が僕に集まった。しかし、予想に反してみんなの視線がなかなか逸れない。慌てて僕は挨拶をした。

「外科専攻医の山川です。時間が空いたので手術を見にきました」
「ああ、山川先生か。よろしくね」
「新しく来た外科の先生ね」

手術室では、マスクと帽子を着用している。今日、顔を披露したばかりの僕は目元だけでは認識されなかったのである。手術室の看護師さんに至っては初対面なので認識されなくて当然だ。少し恥ずかしい思いをしたが、入ってしまえば大丈夫。みんなマスクに帽子と同じ格好をしているため、すぐに空気に馴染めるのも手術室の特徴だ。

「せっかく来てくれたし、手術に入ってみる?」
大腸分野の部長である西田先生に声をかけられた。

「え、いいんですか」
「うん、早く手を洗ってきて」

僕は手術が好きだ。だから外科医になった。