2007年

長い、ながぁ〜い食事

ある金曜日の夜、フランス語を教わっていた先生の別荘に招待された。生徒は私を含めて四人。でも、行くと言ったのは私ともう一人の二人だけ。そのもう一人も急遽日本への出張が入ってしまい結局当日は私だけになってしまった。別荘はサン・マロにある。夜七時半にサン・マロのカジノの前で会いましょうということになった。

約束の時間を二十分も遅れて彼女はやってきた。でもフランス人らしくあまり悪びれた様子はない。う〜ん、もうちょっと遅れて悪かったという態度を示してもいいのにと日本人の私は思ってしまうのだった。「私の車に付いて来て」と言われ、しばらくサン・マロの別荘街を走った。その間、彼女の別荘に着くまでにいくつかのスポットを案内してくれた。

「これがよく行く海岸よ」

「へえ〜、きれいな海岸だね」

「これが子供の記念日などに必ず行く小さなノートルダム教会」

「ふ〜ん、ながめがいいね。今度また来てみよう」

「あれが私達のボート。今干潮なので砂浜に横になっているけど、満潮になると海岸がここまで来るのよ」

「わあ、モーターボートも持っているのか」

そんな観光をしたあとようやく彼女の別荘に到着。といっても一戸建てで門がある立派な建物。後で聞いたところによると、最初に建てられたのは十九世紀の半ばということ。

え!百五十年も前のものなの?とびっくり。三人の子供を紹介された。三歳、七歳、十歳、皆男の子だ。もう学校は夏休みになったという。見慣れない東洋人だからだろうか、皆恥ずかしそうでなかなか近寄ってこない。「ボン・ジュール」と言って握手してもそっと握るだけだ。すれていなくてなかなか可愛い。「外でアペリティフでもどうぞ」と言われ、芝生のある中庭でシャンパンをいただく。三歳の子供はいっしょに出されたクッキーをしきりに食べたがっていたが、まだ待ちなさいと言われ、半分べそをかきながらがまんして待っている。

そうこうするうちに旦那さんが帰ってきた。

「ようこそいらっしゃいました」

「ミネギシです。よろしく」

ああ、英語が通じてよかった。もしフランス語で話さなければならなかったらどうしようと内心不安だったのだ。何せ六ヵ月もフランス語を習っていながら、いまだほんのカタコトしか話せないのだから。彼は自動車部品メーカーの品質管理課長ということで同じ業界でもあり、ひとしきり仕事の話をした。それから持ってきた日本の土産の話になった。

それは七夕の絵が描かれた壁掛けだった。七夕の解説をした。彼が子供達に通訳すると長男は興味深そうだったのでちょっと満足。

「おっとそう言えば、あしたは二〇〇七年七月七日のスリーセブンだ」と彼。

「あ、ほんとうだ」

そんな会話のあとで「では中に入って食事でも」ということで室内に戻った。室内の装飾は網、帆船の模型、貝殻、様々な結び方をしたロープなど海に関わるもので統一されている。

「これは何だかわかる?」「いえ」「干潮と満潮の時刻がわかる時計」「へえ〜」「これは気圧計」「ふ〜ん」と説明してくれている間に子供達は食事。

私たちが食事のテーブルに着くと、子供達がおやすみの挨拶に来た。もう九時半になろうとしていた。代わる代わる握手して “ボン・ソワ”。やはり恥ずかしそうにそっと力を入れるだけだ。そして寝室がある二階に上がって行った。

さてこれからが長い、なが〜い食事の始まりだ。アントレはエビと貝をボイルしたもの。「エビはどうやって食べるの」と聞くと、「こうやって食べるのよ」と解説してくれる。何のことはない、ただ殻をむいて食べるだけであった。

メインはムール貝のクリーム煮だ。ムール貝はモン・サン・ミッシェルとカンカルの間にある海岸が産地であるという。サン・マロのすぐ近くだ。食べ方はまずひとつのムール貝の身を食べる。次にその殻を右手に持つ。そしてあたかも鋏のようにして次のムール貝の身をつまんで食べる。貝殻は用意された器に捨てる。こうして次々に食べて行くのだ。

クリームは殻やスプーンですくって食べる。日本の文化、フランスの文化などの話をしながら、貝をつまんでは食べ、つまんでは食べ。

「これはブルターニュ特産の有塩バター。パンにつけて食べるとおいしいよ」

「ではいただきます。フランスのパンは本当においしいですね」

「ムール貝もっとどう?」

「はい、いただきます」とパクパク。映画や音楽の話をしながらパクパク。

これは旦那さんが料理したそうだ。彼は料理好きらしく、「手を出そうとするとうるさがる」と奥さんはこぼしていた。

「次はガレットだけど何をはさんで食べる? チーズ、ハム、卵が一番オーソドックスだけど」ガレットとはそば粉のクレープの間にいろいろな具をはさんで食べる、ブルターニュ地方の名物である。

「ではチーズ、ハムをはさんだのをお願いします」(卵はときに半生なのでちょっと苦手)運ばれて来たガレットを食べているうちにもう腹いっぱい。でもがまんして全部食べる。さらにデザート。デザートは別腹と言われるが確かに、ヨーグルトの上にチョコレートやキウイ、いちごなどのフルーツをのせたものをぺろり。

最後に、

「コーヒーはどう?」

「はい、いただきます」

コーヒーを飲みながら、フランス語を上達させるには? もしよければ教室を続けられるけど。できれば続けたい……。などと話していてふと時計を見るとなんと深夜一時半を回っていた。

「あ、もう帰らなければ。どうもごちそうさまでした」

奥さんが駐車場で見送ってくれた。

「帰り道わかる?」

「大丈夫GPS(ナビ)がありますから」

ではさようならと手を振って別れ、一路深夜の国道N137をレンヌへ。家に帰りついたのが深夜二時半だった。ああ、ほんとうに長い、ながぁ〜い食事なのであった。

※本記事は、2018年10月刊行の書籍『ブルターニュ残照』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。