コール・サック ―石炭の袋―

夏の夜空に満天の星が輝いている。

幸子は父親と庭に持ち出した椅子に座って星を見上げている。

練馬の自宅には小さな庭があり、二人は一緒に夜空を見上げている。夜空は遮るものがなく、星は惜しげもなく光を放っている。

目が暗闇に慣れてくると、真っ黒だった夜空は濃紺に変わる。星は輝きを増し、それまで見えなかった小さな星が姿を現す。やがて空全体が呼吸をしているかのように星が瞬き、星座が姿を現す。はくちょう座、わし座の鳥たちが優雅に羽根を広げ、おおぐま座の熊がゆっくりと歩き始める。

幸子は星を見ながら、ガラスのボウルに入れた「ぶどう」をつまんで食べていた。

「きれいだ」
父親は夜空を見上げたまま声を上げた。そして、幸子に問いかけた。

「幸子。北はどっちかな?」

幸子は父親の顔を見ると嬉しそうに立ち上がった。幸子にとっては簡単な問いだったので、答えられることが嬉しかったのだ。空を見上げながら、くるりとその場で廻り、ぶどうをつまんだままの指を空に上げて一点を差した。

「あっち」
「こら。行儀が悪いぞ。食べ物でそんなことをしてはいけない」

幸子はあわててぶどうを口に入れると、今度は人差し指で、空の一点を差した。
「あっち。北極星があるから」

父親が微笑む。
「そうだ。幸子はすぐに北極星を見つけられるようになったな。おりこうさん」

父親に褒められ、幸子は嬉しそうに笑った。
西の空には、細い月が白い光を放っている。

「三日月のそばにある星は何かな?」

三日月のそばで、ひときわ明るい光を放つ星を見て、幸子は言った。
「金星」

「そうだ。よくわかったね。では夏の大三角形を作る星はわかるかな?」

幸子は父親を見て笑った。その質問にも答えられるからだ。

「ベガとデネブ。それからアルタイル」
幸子はそれぞれの星を差し、夜空に大きな三角形を描いた。

「よく覚えていたね。おりこうさん」
幸子は父親に褒められることが何よりも嬉しい。

仕事で家を空けることが多い父親と、こうしてゆっくりと話をする時間はめったにない。父親と一緒に星空を眺める時間は、幸子にとって何よりも幸せな時間であった。