人種差別撤廃は、スタートラインに過ぎない――。
黒人の地位向上に腐心する2000年代の南アフリカ。人材の多様化と成長への隘路に挑む、ある商社員の物語。総合商社に勤める高倉は、子会社であるマキシマ社の再建を担い、社長として南アフリカに赴任する。人種隔離政策(アパルトヘイト)廃止から十年。そこで目の当たりにしたのは、格差と人種差別のない理想の社会の実現には程遠い現実。業績回復途上の会社に突きつけられる政府からの命題。それは、私企業に黒人の資本参加や管理職登用などを事実上義務付けるものであった。
2019年ラグビーW杯優勝国・南アフリカの葛藤から世界のリアルを描く、社会派ビジネス小説を連載にてお届けします。
ロッドは胸を反らせて豪語した。シェーンもうんうんとうなずいている。
高倉は今ここでこれ以上議論しても無駄と考え、シェーンの方を向いて聞いた。
「シェーン、マドールタイヤの工場をすぐに見たい。今日モザンビークのビザを申請すればいつ取れるか?」
「明日午前中には取れます」
「よし、明日の午後の便で秋山と共にマプートへ飛びたい。マプート行の午後便はあるか?」
「十四時発が一便あります」
「そうか。シェーン、君にマドールタイヤへ案内してもらいたいが出来るか」
「もちろんです。私は車で行きますから、明日午後マプート空港でお迎えします。十五時着ですから、そのままマドールタイヤへ行けば明日中に訪問できるでしょう」
「ではそうしてくれ。フライトの予約が取れ次第、アンネマリーから君へ確認の電話を入れさせる」
そうシェーンに言うと、今度はロッドに向かって、
「ブリット銀行のトップに今週後半に会いたい。アポイントを取ってくれ」
と指示し、会議を閉めるようにアンドルーに目配せをした。
そしてボードルームを出ると、自分の執務室へ向かう途中で、秋山の席に寄り、
「秋山君、明日マプートへ飛んでマドールタイヤを視察する。一泊してヨハネスへ戻る。今日中にビザを申請するからアンネマリーへ君のパスポートを渡してくれ」
と言って次に、社長室の前に座っているアンネマリーへ自分のパスポートを渡し、自分と秋山分の航空券とビザ、それとマプートのホテルの手配を指示した。
その後、秋山を社長室へ呼んで、会議でのロッドとシェーンの発言内容を説明した。
秋山は、
「そうですか、ブリット銀行がマドールタイヤの救済に乗り出すとは知りませんでした。それはそれとして、取締役会決議を無視したロッドは懲罰ものですね」
と低い声で言った。
「それを止められなかった君も懲罰ものだな」
と、少し冗談っぽくいうと秋山は頭をかいてうなだれた。
「とにかく懲罰の件はこれがある程度かたづいてからだ。今は出血を止めることが先決だ」
※本記事は、2020年9月刊行の書籍『アパルトヘイトの残滓』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
【主な登場人物】
高倉譲二 マキシマ株式会社社長 七洋商事より派遣
アンネマリー 同社社長秘書
アンドルー・レクレア 同社カンパニー・セクレタリーのちに社長室長
ピート・ダン 同社倉庫係のちにケープタウン店長補佐
秋山峰雄 同社社長室長 七洋商事より派遣のちに経理財務ダイレクター
斉藤和夫 同社技術ダイレクター ニホンタイヤより派遣
シェーン・ネッスル 同社周辺国担当マネージャー
ケニー・ブライアント 同社前社長
ロッド・モーロー 同社管理担当取締役
トニー・コッペル 同社経理マネージャー ジンバブエ撤退担当
バート・グッドマン 同社販売担当副社長
ピーター・マステン 同社株主ポート・エリザベス在住
ザリレイ・マゲス 同社新株主代表 マゲス・エンジニアリング社社長
ジャンポール・ゲタン 同社ケープタウン店長
ポロ・マルハン ブラック・グリップ社(BG社)社長
ピーター・コナー ブリット銀行CEO
クバネ氏 ジンバブエ元外交官 現ANCメンバー
佐々木氏 TM銀行駐在員事務所所長
山川取締役 七洋商事東京本店
亀川常務執行役員 七洋商事東京本店
鈴本専務執行役員 七洋商事東京本店
風間部長 七洋商事物資本部
高倉洋子 譲二の妻
【前書き】
本作品内に差別的な発言や表現がありますが、二〇〇〇年代の南アフリカを舞台にした作品のテーマを損なわないようにしたものであり、差別意識を助長させようとするものではありません。