「丈夫そうな心臓だな。何か病気をしたことはあるか」
「ありません」
「そうか。立って尻を見せろ」
「はっ?」
「いいから後ろを向け」

言われたとおりにすると、軍医は杉井のふんどしを引っ張って尻の穴を覗き、
「よろしい」
と、ピシッと尻をたたいた。

服を着ると、手順の指示をしていた声の大きな担当官が杉井を含む五名の名を呼び、連隊区司令官の部屋の前に集合するようにと言った。再度一名ずつ名を呼ばれ、杉井が部屋に入ると、陸軍大佐の階級章を誇らしげにつけた軍服で正装した司令官が能面のような表情で杉井を迎えた。司令官の前に直立不動で立つと、司令官は低いがよくとおる声で、

「甲種合格。兵種は砲兵」
と申し渡した。

意外と簡単にすべてが終わったな、と杉井は思った。これで軍隊に入るのかという漠然とした感慨はあったが、それは喜びにも不安にも直結するものではなかった。更に杉井が奇異に感じたのは自分の耳に強烈に残った「合格」という言葉だった。

これまで珠算の検定に合格した時も、剣道の昇段試験に合格した時もそれは常に大きな喜びを伴うものだった。自分で目標を設定し、その目標に向かって努力し、それを達成することによって限りない満足感を得ること、それが即ち合格することであったはずだった。

然るに今回の合格は一体何だろう。人生にはいろいろなことがあると周囲からよく言われるが、合格にもいろいろな合格があるものだと杉井は無責任な感想を持った。

この合格が自分の青春を大きく左右することになるとはこの時の杉井は知る由もなかった。

※本記事は、2019年1月刊行の書籍『地平線に─日中戦争の現実─』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。