「あぁやっぱり、この絵はウォーホルなのね。彼の作品にしてはインパクトが軽めだなぁと、思ってたけれどこの絵、とてもいいわ」彼女もこの絵を、とても気に入ったみたい。

彼らの目の前に、掛けられているその絵は。
白いキャンバスの上を、たくさんの細い線がしなりながら、重なり合い。

一見、無秩序に散らばっているイメージを与えるが、視点を少し後ろへ引いて、全体に焦点を分散させてみるとそこには、つばが広めで、うすいベージュ色をした帽子に色鮮やかなリボンが巻かれ、軽く吹く風に踊っている。そんな帽子を頭にのせた少女が、浮かび上がってくる。

その横顔の美しさに、形容詞は存在しない。そんな感想を持たせる作品。

普段どおりの、絵を観る。では、この絵に隠れている大事な部分は、ほとんど観ることが出来ない。
この作品は、対面する側にも高度なテクニックを要求してくる。

「原版のほうは、まだ見たことないけどさ、きっと、そっちも素晴らしいだろうな。と思うけど、いつでもここでこの絵が観れるから、今は充分足りてるよ」翔一が、言うと

「そうねウォーホル作の本物なんか、買いたいと思っても、いくらするのか想像もつかないしね」香子が言った。

翔一は、香子がシンディー・ウォーホルについての知識、それもかなり正確なものを持っている。ということに少し、意外さを感じていた。

『香子ちゃんて、何者なんだろう』

「そろそろ行くよ」完全に落ち着いて絵に観とれている香子に、翔一は声を掛けた。

彼女は、名残惜しそうな表情を浮かべて
「またここに私を、連れてきてくれるよね。この絵にはすごーく魅力があるの。この絵をもう一度、じゃなくて何度でも観に来たい」と言った。

彼は、自分の好きだったウォーホルが、香子にも気に入ってもらえたということが嬉しく思えてたまらなかった。

今夜、香子と初めて出逢ってお互いを知り、話して、見つめ合って、考えて、いくつもの新しい発見があったけれど、
『そういえば、彼女のことを、まだ何も知らない』
いつもなら、気に入った女性のことを少しでも早く知りたくなるのが当たり前だった。

今夜は、そんなことが全然気にならない。

住所や連絡先、仕事や友達。中でも特に気になるのはいつだって、その女性のボーイフレンド達、のはずだった。

気に入れば気に入るほど、強く確かめたいと思う。それを口に出せずモヤモヤとした気分に自分を支配されるのはストレスになる。

だから、いつもの彼なら躊躇することは絶対に、ない。
相手に、訊かなければ解らないことはカンパツいれず、言葉にする。
今までは、そうだった。

『不思議だ。なにも不安に思うことがなくて、すごくリラックスしているのは、いったい何故なんだろう?』

※本記事は、2017年9月刊行の書籍『DJ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。