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「それでは、お二人とも既に亡くなっていらっしゃる?」

コジモ・エステの言った通りだ。ピエトロ・フェラーラとは三十八歳で亡くなった、かなり立派な経歴を持つ画家だった。宗像は自分の目も伊達ではなかったと頷きながら、モーニントン女史に向かってこう尋ねた。

「英国ロイヤル・アカデミー絵画部門特別賞とは、かなり権威のある賞なのでしょうか? しかし三十八歳で亡くなるとは……まさに夭折ですね」

「英国ロイヤル・アカデミー絵画部門特別賞は画家にとって最高の賞の一つと言われております。ピエトロ・フェラーラは製作点数も非常に少ないですし、画壇に登場していた期間はわずか数年です。私も今回このようなご依頼がなければ気がつかなかった画家でした。それに、なかなかミステリアスな一面もございますのよ」

「ミステリアスとは?」

「全ての図録や画集をお読みになりますと、お分かりになりますが、これまで彼はご自分が制作した絵の解説は一切しておりませんの。ええ、抽象的な言葉の羅列のようなものを寄せ書きするだけですので、考え方の良く分からない画家なのです。でも色彩感覚や筆遣いは出色のできです。古典的な技法を駆使していますが、驚くべきテクニックをお持ちなのです。実物を詳細に見れば、何か新たな発見ができそうな予感がいたしますわ」

女史は澱みなく説明しながら、画集を見返しに戻して解説を続けた。

「ご覧下さい。巻頭文の次に書かれたところです。解説しているミッシェル・アンドレ氏ですが、当時のイギリス美術界における新進気鋭の評論家です。ええ、今では重鎮として、美術評論界の皇帝と言われているほどの実力者になっている方です。アンドレ氏は実に興味深い分析をして、フェラーラの絵を絶賛しているのです。彼の絵には五つの際立った特徴があると言っています」

「五つの際立った特徴と言いますと?」

「まず第一はポートレート作家ということですね。絵やスケッチの約九割が肖像画なのです。おまけに登場するモデルは全て同じ人物でしょうか、若く美しい女性像が二十六点。そしてフェラーラの自画像と思われるものが一点と、残りはコラージュ風の静物の絵が一点。

第二は人物像の背景に複雑な抑揚がつけられ、細密な模様のように見えることです。この重層化された描き方が絵の構図に何らかの秩序を与えているようにも見えるのです。第三が画面の隅に描かれたバラや芥子の花。それに抽象立体の一部と思われるものがコラージュ風に描かれていることも大きな特徴です。

第四ですが、女性の肖像画の背景に、一見刺激的なようですが深くて重い赤色が使われています。私見ですが、この赤はヴェスビオ火山の噴火により、一瞬に埋められたポンペイの秘儀荘に使われた赤と同じ色のようにも思えます。

最後の五番目がその特殊な筆遣いです。まるで細かく彫り出されたかのように見える技術です。微細にスクラッチされたマチエールによってキャンバス全体が覆われています」

「なるほど。アンドレさんとおっしゃいましたか? 見事な分析ですね」

宗像はギャラリー・エステで手に入れたフェラーラの絵の赤も、女史の推測のように、確かに秘儀荘の赤色かもしれないと納得したのだった。

「こちらではフェラーラのオリジナルの絵はお持ちなのでしょうか?」
宗像は重要な質問を投げかけた。