キャンプの思い出

六年生のころ、学校でキャンプに行くことになりました。場所は中津にある「耶馬渓(やばけい)のキャンプ場」というところです。

父は私がキャンプに行くというのでピッケルを作ってくれました。普通は登山などで使うものです。父は鍛冶屋のように火造りで、立派なピッケルを作ってくれました。

先生はそれを見て「いいものを作ってもらったなあ」と言って手に取り、ほとんど自分が使っていました。私はピッケルなるものを知っていた父に驚くとともに、それを息子のキャンプのために作ってくれた父に感心しました。

キャンプ場は、近くに上水の取水場があるため、堰があり、川幅が広くなっていました。きれいな河原で、石ころがゴロゴロしています。

その上にテントを張り、毛布を敷いて寝るのですが、石が気になり眠れなくて一晩中友達と話をして過ごしました。テントの中にはランプやカンテラの明かりが灯っていました。

朝起きると、朝食の支度です。河原で薪を集め、飯盒(はんごう)でご飯を炊きます。あちこちで煙が上がり始め、楽しい野外の食事が始まりました。おかずはそれぞれ家から持ち寄ったものでした。

私はカツオの缶詰を持っていきましたので、友達と分け合って食べました。その時のカツオの缶詰の美味しかったことは今でも忘れられません。

やがて何人かの生徒が川で泳ぎ始めました。私もパンツ(母が作った白いさるまた)一丁で川に入り、泳ぎ始めたのですが、中ほどまで行くと急に深くなりました。

実のところ私はあまり泳ぎが得意ではありませんので慌てて引き返そうとした時、パンツのゴムが切れて脱げそうになりました。

クロールか犬かきかわからないような格好で泳ぎながら、片方の手でパンツを引き上げるのですが、これがうまくいきません。危うく水を飲んで溺れそうになりましたが、必死に泳いで浅瀬までたどり着きました。その泳ぐ姿が滑稽だったのでしょう、女の子たちに笑われてしまいました。

パンツが落ちないように手でゴムを握った自分の姿が恥ずかしく、そそくさとテントに逃げ込みました。

キャンプのことを時々思い出し、今でもスーパーに買い物に行くとカツオの缶詰を買って帰りますが、いつも「あの時のほうが美味しかったなぁ」と思います。

※本記事は、2017年11月刊行の書籍『霧中の岐路でチャンスをつかめ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。