「タレントというのは当たらずと雖(いえど)も遠からじさ。毎年、何千という作品が世に出され、最近では出版社を通さず小説サイトでの発表も当たり前になりつつある時代だ。昔のように、出版社が関所となってくだらない小説をはじき出してくれた頃は良かったが、その気になれば誰でも発表できる『一億総作家時代』だ。

さらに小説アプリの登場によって原稿を書くスピードは飛躍的に早くなった。つまり、活字離れで需要が減っているのに供給は膨大に増えてるってわけさ。こんな時代に読者はどうやって小説を選ぶ? 作者自身が少しでも露出を多くして目立たなければ選ばれないだろう」

「それはそうね。タレント本が売れる理由もそこにあるからね。芹生くんにも、せっかくの機会だから売り込むように勧めているのだけど、意に介さないの」理津子が俺を見た。

「そういう訳じゃないけど、正直言って気後れしちゃうよ」

「おや、サークルでの作品評価では他の追随を許さなかった芹生センセらしくない気弱な発言じゃないか」
と川島がからかった。

「それは皮肉かい。愛澤大センセ」
「こりゃ一本取られた」
川島は上機嫌でグラスを空け、言葉を続けた。

「ところで、売り込むまでもなく紹介したい人がいる。ちょっと待っていてくれ」

川島はテーブルを離れた。しばらくすると長身で精悍な四十代半ばと思おぼしき男と、おそらく二十代前半の若い女を連れて戻ってきた。

「紹介する。こちらは葭葉出版の島崎編集部長、そしてこちらのうら若き女性は担当者の西脇美和さん」
「紹介にあずかりました島崎です」
「初めまして、西脇です。よろしくお願いいたします」

葭葉出版は川島の受賞した文学賞を主催している出版社で、川島のデビュー以来の作品の出版を担っている。そしてこのパーティーの主催者だ。

「レディーファーストでいこう。こちらは大学時代のサークル仲間の田村理津子くん」
川島が理津子を紹介した。

「田村です。今はコスモTVの企画にいます」
「うわ、コスモTVですか」西脇美和が目を丸くした。

「コスモTV入りたかったんですぅ。でも書類選考で落とされちゃいました」
と言って西脇は曇りのない笑い声を発した。

「あれれ、うちは滑り止めだったのか」島崎が突っ込んだ。

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『流行作家』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。