謎多き天才が残した一枚の絵画をめぐる、
超大作アート・ミステリー。
写真家の宗像は、偶然訪れたロンドンの画廊で、一枚の肖像画に心を奪われる。絵画の名は、夭折した謎多き天才画家ピエトロ・フェラーラの「緋色を背景にする女の肖像」。フェラーラの足跡を追い求めてたどり着いたポルトガルの地で、宗像は美術界を揺るがす秘密に迫っていた。美術界と建築界に燻るスキャンダル。その深部と絵の謎が交錯していく。アートに翻弄された人々の光と影を描き出す、壮大なミステリードラマを連載でお届けします。
宗像は礼を述べながら、予想しなかった事態に軽い驚きを表した。
まず初めに薄い図録を取り上げて表紙を見ると、一九六七年、一九六八年、一九六九年と三年連続して発行されている。全て個展の図録である。パラパラと中を捲ると、数点の油絵に若干の素描画が載せられている。
全部で十ページほどの極薄い代物だった。他の二点も同じような体裁なので、まずはハード・カバー本から見ていくことにした。
この一冊は、一九七〇年、ピエトロ・フェラーラの絵が、英国ロイヤル・アカデミー絵画部門特別賞を受賞したことを記念して出版された特別な画集だった。宗像は画集の最後に書かれた略歴から目を通し始めた。
ピエトロ・フェラーラ:Pietro Ferrara
1934年イタリア、ジェノバに生まれる。
1960年ロイヤル・アカデミー美術学校を卒業する。ヴェネツィアでサン・ザッカリア教会に描かれたカスターニョのフレスコ画他の修復にかかわる。
1961年ヴェネツィアでアンナと結婚する。
1963年フィレンツェに居を移し創作活動を開始する。長女が生まれ、ユーラと名付ける。
1966年ロイド新人賞受賞。
1967年ポートレート部門ロイド賞受賞。
1968年エジンバラ芸術祭特別賞受賞。
1969年フィレンツェ賞絵画部門授賞。同年、アムステルダム絵画コンクール特別賞。
1970年ヴェネツィア芸術祭金の鍵賞受賞。同年、ビクトリア・アルバート記念大賞受賞。英国ロイヤル・アカデミー絵画部門特別賞受賞。
※画集に掲載、発表されている油絵は総数二十八点。他にスケッチが約十余点。
「これを見る限り、確かに凄い画歴ですね。わずか数年間だけですが、毎年毎年の受賞に次ぐ受賞……」
「画集には一九七〇年までしか記載されておりません。でもその後のピエトロ・フェラーラについても少し調べてみました。すると同年、お嬢さんのユーラさんがサルデーニャでお亡くなりになっていることがわかりました。翌七十一年、フェラーラは奥様とポルトガルに移住しております。すると翌七十二年三月、今度はフェラーラさんが、ポルトで水泳中に水死されたのです。享年三十八歳でした」
※本記事は、2020年8月刊行の書籍『緋色を背景にする女の肖像』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
【登場人物】
宗像 俊介:主人公、写真家、芸術全般に造詣が深い。一九五五年生まれ、46歳
磯原 錬三:世界的に著名な建築家一九二九年生、72歳
心地 顕:ロンドンで活躍する美術評論家、宗像とは大学の同級生、46歳
ピエトロ・フェラーラ:ミステリアスな“緋色を背景にする女の肖像”の絵を26点描き残し夭折したイタリアの天才画家。一九三四年生まれ
アンナ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラーの妻、絵のモデルになった絶世の美人。一九三七年生まれ、64歳
ユーラ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラの娘、7歳の時サルデーニャで亡くなる。一九六三年生まれ
ミッシェル・アンドレ:イギリス美術評論界の長老評論家。一九二七年生まれ、74歳
コジモ・エステ:《エステ画廊》社長、急死した《ロイド財団》会長の親友。一九三一年生まれ、70歳
エドワード・ヴォーン:コジモの親友で《ロイド財団》の会長。一九三〇年生まれ、71歳
エリザベス・ヴォーン:同右娘、グラフィックデザイナー。一九六五年生まれ、36歳
ヴィクトワール・ルッシュ:大財閥の会長、ルッシュ現代美術館の創設者。一九二六年生まれ、75歳
ピーター・オーター:ルッシュ現代美術館設計コンペ一等当選建築家。一九三四年生まれ、67歳
ソフィー・オーター:ピーター・オーターの妻、アイリーンの母。
アイリーン・レガット:ピーター・オーターの娘、ニューヨークの建築家ウィリアム・レガットの妻。38歳
ウィリアム・レガット:ニューヨークでAURを主催する建築家。一九五八年生まれ、43歳
メリー・モーニントン:ナショナルギャラリー美術資料専門委員。一九六六年生まれ、35歳
A・ハウエル:リスボンに住む女流画家
蒼井 哉:本郷の骨董店《蟄居堂》の店主
ミン夫人:ハンブルグに住む大富豪
イーゴール・ソレモフ:競売でフェラーラの絵を落札したバーゼルの謎の美術商