「それではこうしよう。トラファルガー広場に面するナショナル・ギャラリーを知っているだろう。そこの美術資料部を紹介しよう。なかなかのものだぞ。だから、もしそこでも分からなければ、ピエトロ・フェラーラとは全くの素人か、または、その程度の画家と断定してもいい。そうでもなければ……幽霊画家かもな?」

ちょっと失礼と断り、心地は携帯電話のボタンを押し始めた。しばらくして相手が出たようだが、反響する空間の中でフェラーラという部分以外は聞き分けられなかった。ほどなくして話がついたのか、電話をジャケットにしまい込んで言った。

「おい宗像。お前のことだから、これからすぐにでも行きたいのだろう? 二時に伺うとアポイントを取っておいた。ナショナル・ギャラリーの正面玄関に向かって左側に、セインズベリー・ウイングと言われている新館がある。その地下一階に美術資料部があるから、そこでメリー・モーニントン女史を訪ねてくれ。彼女は美術資料の専門委員だ。いま直接頼んだから、玄関受付で彼女のアポイントが二時に取れていると言えば中に入れるよ。玄関は、セインズベリー・ウイングの真裏にあるから直ぐ分かる」

「しかし、今日のテート・モダンは?」

「オイ、オイ、あちらを先にしたいと顔に書いてあるぜ。今夜、チャイナ・タウンで一緒に飯でも食おう。そのときにでもフェラーラの話を聞かせてくれ。テートはまたの機会だ。ところでお前、携帯電話ぐらい持てよ。プリペイドなら五十ポンドほどで手に入るはずだ。どうも今後連絡を取り合う必要がでてきそうだ。俺の番号は、ほら、この名刺に書いておく。お前の新しい番号は、今夜俺と会うときにでも教えてくれ」

「すまない。俺から頼んでせっかく会えたばかりなのにな。でも恩にきるよ」

「そうと話が決まれば、これから俺もすることがあるからここで別れよう。夜七時にソーホーでどうだ? レストランを決めてホテルにメッセージを入れておく。リージェンツ・パーク・ホテルだな? ローズ・クリケット・グラウンド前の?」

「そうだ、では夜七時。ソーホーで」

宗像はあのミステリアスな絵やピエトロ・フェラーラについて、是非とも何らかの情報を入手したいものだと思った。そうでなければ、写真など気を入れて写す気分になりそうにもない。そんな旅になるような予感がしたのだった。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『緋色を背景にする女の肖像』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。