謎多き天才が残した一枚の絵画をめぐる、
超大作アート・ミステリー。
写真家の宗像は、偶然訪れたロンドンの画廊で、一枚の肖像画に心を奪われる。絵画の名は、夭折した謎多き天才画家ピエトロ・フェラーラの「緋色を背景にする女の肖像」。フェラーラの足跡を追い求めてたどり着いたポルトガルの地で、宗像は美術界を揺るがす秘密に迫っていた。美術界と建築界に燻るスキャンダル。その深部と絵の謎が交錯していく。アートに翻弄された人々の光と影を描き出す、壮大なミステリードラマを連載でお届けします。
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「確かにそういえばこちらでも、あれはユニークなプレゼンと言われている。だがコンセプトと建築の提案と図面表現とが、極めてうまく一致した案だと絶賛されている」
「“現代美術館それは癒しのインターフェース”というコンセプトだそうだ。ところで、話は変わるがいいか?」
「おお……何だ?」
「今日午前中のことだが、セント・ジョンズ・ウッドの近くで面白いものを手に入れた。お前、ピエトロ・フェラーラという画家を知らないか?」
「フェラーラ? ピエトロ・フェラーラ? うーん、ちょっと記憶にないが、なぜだ?」
「三十歳くらいで死んでしまった天才画家だそうだ。そうか、お前に心当たりがないと言われると、やはりインチキだったか?」
宗像はいかにも無念そうに眉をひそめ、午前中の出来事をかいつまんで話した。
「おまえ、なぜその絵を持ってこなかったのか?」
心地は不満そうに宗像をなじった。宗像はセント・ジョンズ・ウッド駅で、それを忘れたことに気がついたが、ホテルまで戻って、また出直すには時間がなかった。言葉で正確に伝わるかどうかは分からないがと前置きをし、例の絵について手短に解説を始めた。
「そうか? もしその話が事実とすれば、その絵は一九六〇年代前後の、それも非常に特殊な画家の作品だな。お前も知っての通り、俺は前衛とか抽象とか言われるジャンルの現代美術が専門だからな。もっとも、最近、インスタレーションや映像なども加わったが、どちらかと言えば、まあ新しい時代の担当さ。だから、六十年代頃の、それも具象をベースにしたような画家ではな。おまけに作品の数そのものが極めて少ないとなると、なかなか分からんよ」
「どこかで調べる方法はないか?」
いつものようにこだわる宗像の態度が、何を求めているかを良く知る心地は、仕方ないなという顔つきをしながら言った。
【登場人物】
宗像 俊介:主人公、写真家、芸術全般に造詣が深い。一九五五年生まれ、46歳
磯原 錬三:世界的に著名な建築家一九二九年生、72歳
心地 顕:ロンドンで活躍する美術評論家、宗像とは大学の同級生、46歳
ピエトロ・フェラーラ:ミステリアスな“緋色を背景にする女の肖像”の絵を26点描き残し夭折したイタリアの天才画家。一九三四年生まれ
アンナ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラーの妻、絵のモデルになった絶世の美人。一九三七年生まれ、64歳
ユーラ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラの娘、7歳の時サルデーニャで亡くなる。一九六三年生まれ
ミッシェル・アンドレ:イギリス美術評論界の長老評論家。一九二七年生まれ、74歳
コジモ・エステ:《エステ画廊》社長、急死した《ロイド財団》会長の親友。一九三一年生まれ、70歳
エドワード・ヴォーン:コジモの親友で《ロイド財団》の会長。一九三〇年生まれ、71歳
エリザベス・ヴォーン:同右娘、グラフィックデザイナー。一九六五年生まれ、36歳
ヴィクトワール・ルッシュ:大財閥の会長、ルッシュ現代美術館の創設者。一九二六年生まれ、75歳
ピーター・オーター:ルッシュ現代美術館設計コンペ一等当選建築家。一九三四年生まれ、67歳
ソフィー・オーター:ピーター・オーターの妻、アイリーンの母。
アイリーン・レガット:ピーター・オーターの娘、ニューヨークの建築家ウィリアム・レガットの妻。38歳
ウィリアム・レガット:ニューヨークでAURを主催する建築家。一九五八年生まれ、43歳
メリー・モーニントン:ナショナルギャラリー美術資料専門委員。一九六六年生まれ、35歳
A・ハウエル:リスボンに住む女流画家
蒼井 哉:本郷の骨董店《蟄居堂》の店主
ミン夫人:ハンブルグに住む大富豪
イーゴール・ソレモフ:競売でフェラーラの絵を落札したバーゼルの謎の美術商