「本物のポリス?」

「多分他のポリスから少し離れた所に停めさせたと思います。そしてそっと金を要求するのですよ。黒人ポリスの場合は白人にくらべて給料がすごく少ないらしいですから」

「アパルトヘイトの事実上の廃止がマンデラ大統領誕生と全人種参加総選挙の年とするならば一九九四年だろう。それからもう十年になるけど、まだ同じポリスでありながら白人と黒人で給料に差があるというのはひどいなあ。多分階級差をつけて理由付けをしているんだろう。君もやられたことがあるのか?」

「はい、あります。大抵は小銭程度を要求するらしいですから、五十ランドももらえたら大喜びだったでしょう。でも、いずれにせよブルーライト・ギャングでなかったのは不幸中の幸いだったと思います」

秋山の言葉に高倉は苦笑いをした。

黒人のウェイトレスが来て飲み物の注文を聞いた。二人共地元南アフリカで人気のラガービールである『カステル』を注文した。ビールがくるとラッパ飲みしながら、二人は打ち合わせに入った。グラスをちゃんと洗っていない場合があるのでラッパ飲みの方が安全らしい。

「そうか、でもブルーライト・ギャングにも一度会ってみたい気もするな」

「高倉さん、やめて下さい、一度会ってみたいなどと、とんでもないですよ。私は南アフリカ滞在が高倉さんより一年長いですから、失礼を承知で念のために申し上げます。ここでは車の運転には細心の注意を払って下さい。例えば、夜間運転中に赤信号で停止していると、道路脇に潜んでいるギャングが襲ってきます。だから赤信号でも停まらないで下さい」

「えっ、赤信号でも停まらないのか? それは無理だろう」

「そうです。ですから信号をよく見て、赤だったら手前からゆっくりアプローチして、停まらないで済むように調節するのです」

「そうか、よく分かった。ブルーライト・ギャングに会ってみたいなどと冗談を言って悪かったな」

高倉は素直に謝ると同時に、南アフリカの犯罪状況のシリアスさをあらためて感じさせられた。

「ところで、それはそうとして秋山君、本題に入ろう。南アフリカの周辺国の状況を説明してくれるか」

高倉に促され、秋山は緊張をほぐすためか、顔をつるりと撫でると、早速現状報告に入った。

「この南アフリカの東北部に隣接したモザンビークという国があり、そこに国営の『マドールタイヤ』というタイヤ製造会社があります。我がマキシマ社はそのメーカーに天然ゴムやナイロンコード、スチールコード、カーボンブラック等のタイヤ製造に使う原材料を供給しています」

「モザンビークか。あ、なるほど、インド洋に面した、南北に長い国だな」

高倉はメモ用のノートに挟んだ地図を取り出して、位置を確認しながら聞いた。
「そのマドールタイヤというのはモザンビークの中のどの辺にあるの?」

「首都のマプートの郊外にあるそうです。私は行ったことはありませんが」

「そうか、モザンビークの一番南で、南アフリカからはすぐ近くだな」

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『アパルトヘイトの残滓』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。