秋山峰雄は高倉とおなじ七洋商事の物資本部からの派遣者で経理、財務に精通している。着任は高倉より一年早いが、まだ三十代の若手でやる気満々である。しかし高倉が赴任するまでは、そのやる気がことごとく空まわりだったと、赴任前の本店での説明で聞いている。

「このショッピング・モールはとても大きいですから、散歩だけするのにもいいですよ。街路は危険でぶらぶら出来ませんから、その代りにこういうモールの中を歩き回るのです。そうすれば運動にもストレス解消にもなります」

一軒のイタリアン・レストランに入ると、秋山は席につくなり、前の通路を往来する人々を見回しながら高倉に言った。

確かにモールの中は広々としていて、洗練された構えの店が並んでいる。アフリカの中にいるとはとても思えないほど明るく華やかな雰囲気があり、見て歩くだけでも楽しそうだ。

土曜日の夕方ということもあり、かなり混み合ってきたころで、黒人家族もいるが、白人の家族連れが圧倒的に多い。

「町中を一歩も歩けないどころか、車で通るのも危ないぞ。ここへ来る前に早速やばい目にあったよ。この国の大きな問題の一つだなあ」
と、高倉はほんの少し前のドライブ中のハプニングを秋山に告げた。

「えーっ、そうなんですか。どんな目にあったんですか?」
と、秋山は丸い目を更に丸くさせた。

「パトカーを装って青い光を点滅させているブルーライト・ギャングというのがいると聞いていたが、さっきそれに遭遇した。このヨハネスブルグに着任早々に、日本総領事館の安全講習を受けたが、そのときに『金を出せといわれて抵抗すると、躊躇なく発砲するから絶対に抵抗してはいけない。素直に有り金を出すこと。場合によっては車も奪われるが、仕方がない。車より命が大事』と言われた。だから金をさっと差し出したら、にせ警官の方がびっくりしてた様子だったよ」

「それでいくら取られたんですか?」

秋山は興味津々だ。

「キャッシュは五十ランドしか持っていなかったから、それを出したよ。不愉快だけど仕方ないな。もっと出せと言われたが、ないと言ったらしぶしぶ諦めた」

高倉は不快そうな顔をして言った。

「えっ、それで済んだんですか。高倉さん、それはブルーライト・ギャングではなくて本物のポリスだと思います。にせ警官のブルーライト・ギャングだったらそんなものではすまないようですよ。車と財布はもちろん、身ぐるみはがされ放り出されるどころか、撃ち殺される場合もあるそうです」

秋山はあきれたという顔をしている。