「漁門は、そうとうな有力者を、籠絡しておるわいの。いったい、誰をまき込んだ?」
歯の抜けた爺さまが、のぞき込むような目をした。

「さあ……」

客同士の会話より、飛蝗(バッタ)の目が気になる。

ひょっとすると、麵を食べに来た客も、漁門の息のかかった人間であるかもしれなかった。発言には気をつけねば、片言隻句にいたるまで─まあ、黙っているのがいちばんだ。

「でないと、あんな木はつかえんぞ。あれは南方から運ばせた金絲楠(きんしなん)じゃろう。天子の居所や、皇祖の陵墓以外に使うことは、禁じられているはずじゃ。漁門はだれか、有力者をかかえ込んだにちがいない。内官監(宦官二十四衙門のうち、土木工事をつかさどる)の太監あたりか?」

「さあ」

「爺さん、そんなこと知ってどうしようってんだい? よけいな詮索は、身をほろぼすもとだぜ」
私のかわりに、苦力ふうの男が、こたえた。

爺さまは、私の顔をじいっと見すえた。
「麵屋、あんたは、漁門の一員じゃろう。籠絡したのは、官僚か? さしずめ厳嵩(イエンソン)とか? あの男は長いこと不遇じゃったが、ここへ来て、威勢がよくなっておるからの。さだめしあちこちに脈を通じて、利を得ておるのじゃろうて」

「知りません」
「知らんはずなかろうが。おなじ漁門の人間が」

話をそらせようとして、私はべつの人物の名を出した。

「……いぜん、建昌伯(けんしょうはく)さまの車輿(くるま)が、漁門に来ているのは見ました。私が知っているのはそれくらいです。なんせ下っぱなもんで」

「皇帝の外舅か。あのお方は他人の膏血をしぼり取って、ご自分が遊ぶことには熱心じゃが、他人に材木だの何だのと世話をするなど、てんから考えておらぬ御仁じゃ。獄につながれるのも、とうぜんじゃわいの」

「へーっ! 爺さま、いま、なんと言った?」
ふたりの客の背後で、話をきいていたのは、おもちゃ屋のおやじである。

「建昌伯(けんしょうはく)様が獄につながれたって? ほんとか?」
「いかにも」

「こりゃあ、おどろいた! そんなこともあるのか。だってあの方は、帝室の外戚だろ? 何をやってもゆるされる、とくべつなお人じゃなかったのか」

※本記事は、2018年12月刊行の書籍『花を、慕う』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。