でんでん虫

極端に光の乏しい深夜の農道で
異様にハイテンションになり
急に走り出して土手のはるか下の田圃に
頭からずり落ちていても不思議ではない
そんな夜の散策から廃屋に戻った私は
ケトルで沸かしたお茶を飲みながら
半時ほど前の散策を
もう一度思い返しているうちに
にわかに信じられないような心持ちになった

本来の「主観」を取り戻すことが
寒村に戻る大きな目的だったわけだが
その少し前までの自分は
明らかに「客観」の強過ぎる醒めきった人間だった
しかもそれは
徹底的に醒めた人間の多くがそうであるように
過去に「主観」的過ぎて
何度も手痛い傷を負った結果として
限界まで「客観」的になった
一種の病気のような状態だった

毎回思い切りつのを伸ばす度に
つのにいたずらをされたり
鋏で切られたりして
知らず知らずのうちに
周りの殻ばかりを成長させていた
臆病なでんでん虫が
環境が変わったとはいえ
急に殻を脱ぎ去り
つのと剥き身の身体だけの存在になるなんてことが
あり得るのだろうか?