男前と評判の彼の冴えない姿も目の当たりにした。朝のボサボサ頭の眠たい顔、夜の疲れ切った顔、くたびれたスウェットに穴の空いた靴下。家の中では誰だって無防備なのだ。

ばっちりオシャレをしてキラキラした笑顔で待ち合わせをした独身時代が懐かしい。どんな姿を晒しても愛し合えるのが夫婦だとしてもそれは恋ではない。男と女の関係から、夫と妻という家族になってそれでも恋をし続けるのは私にとって困難なことだった。醜い姿を晒しているのは旦那のほうだけではない。

好きな人の前ではいつだって完璧な姿でいたかった私が、気の抜けた素っぴんの顔や着心地重視の可愛げのない部屋着姿を見せることに何の抵抗もなくなっていった。

着物を着ると自然とおしとやかな振る舞いになるように、着る物によって性格が変わってしまうことがある。色気のない格好をした私に、色気のある振る舞いはできない。私は内面までもが楽な部屋着を着た気の抜けた女になっていった。恋人同士だった頃の可愛らしい仕草や甘えた振る舞いも、徐々にできなくなっていった。

さらに生活にはお金が絡んでくる。結婚が決まってから、多少なりとも私は甘い甘い新婚生活に期待を抱いていた。朝玄関でいってらっしゃいのキス。家中ピカピカに磨いて、身なりも整え手の込んだ美味しいご飯を作ってハギの帰りを待つ。結婚したらアルバイトも辞めて旦那様の為に尽くす理想の妻になりたいと思っていたのに。

肝心の旦那様の給料明細を見て、とても専業主婦になんかなれないと悟った。

住宅ローンに光熱費、食費諸々。実家を出て初めて、生活にどれだけのお金がかかるのかを知った。それを知って初めて、当たり前のように生活の一部だった愛車や、実家から連れてきた犬などがいかに贅沢品であるかを痛感させられた。

子供の為に貯蓄もしたいと思っていたのに、貯蓄どころか旦那の給料だけでは生活できず、二人の給料を合わせてなんとかやっていけるレベルだ。

家計を一緒にすると今まで気にならなかったお互いの金銭感覚が浮き彫りになった。お金に余裕がないと、やれ今月はお金を使い過ぎているだの、やれお給料が少ないだの、そういうことを言いたくなってしまうのだ。お金の話題は人を醜く見せる。

独身時代は高級レストランに連れて行ってくれていたのに、今は近所のファミレスで食事することさえもったいないと言い出したハギに、私はすっかり幻滅していた。そして気がついた。高級レストランへ連れて行ってくれる彼に、優しさを感じていたこと。海外旅行に連れてってくれる彼を、好きだと思っていたこと。

彼の優しさには全てお金が絡んでいた。餌を与えてくれなくなった彼に、優しさを感じることはできなくなった。彼もまたお金をかけずにどうやって私に優しくできるのかが、分からないようだった。

結婚に絶望を感じ始めていた頃、さらに私を苦しめたのが姑の存在だった。恋愛と違い結婚は、ふたりだけの問題ではなくなる。家族ぐるみの付き合いが求められるのだ。

「彼女、晩ご飯何作ったの?」

結婚してしばらく経っても姑には名前も呼んでもらえなかった。

「私はもう彼女じゃないのに」

そうハギに愚痴るとあからさまに面倒臭そうな顔をした。

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『不倫の何がいけないの?』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。