(社長への提案)

・“親会社は赤字が3年続いたらその会社を閉鎖する”と言っている
・会社が確実に存続していくための条件を示して頂きたい
・同時にそれは、次の飛躍につながる大きな挑戦目標であってほしい
・それを2年次の目標にして、危機をチャンスに転じる起点にしたい

これが当時の社員にとって、起死回生の大きな目標への挑戦の始まりになりました。

[図] 訪問活動の分析

2、2年次方針

社長の回答は次の通りでした。

1)日産台数

1200台/1ライン平均(初期値)を
    →日産1,500台(1年後)体制にする

(背景)

①当時の総合賃率比較(社長提供)

H社:60円  韓国:30円  中国:10円

②商品の収益性は急激に低下している

③韓国や中国との競争に耐えるコスト競争力を開発する必要がある

2)新商品の工程不良率を

・導入後1年以内に
・18.3%(現状)を3%以下に

3)新商品導入後2ヶ月以内の工程不良率を15%以下にする

4)廃棄材料の削減

3、各部長(部門長)の反応

各部長に「社長から提示された目標をどう思いますか」と反応を聞いてみました。各部長の反応は一様に「やったことも想像したこともありませんからなんとも言えません」というものでした。

「工程不良率」は、前述の通り1年以内に3%以下の見通しをつけて量産工場に移転するとのルールが既にあったのですが、実際は未達(18%)のまま移転するのが常という状況でした。又「生産性」も、1年次に当初の900台から1200台に改善したところでしたから、900台からすれば約70%増を意味していました。従って各部長の反応も常識的には無理からぬことと言えなくもないところでした。

私は

・時間は365日ある
・アクションプランを作って
・全員でやるべきことを確実に実行していけば必ずできる
・それを達成した時に、次の飛躍を約束する大きな夢が広がっているはず

と督励しました。

このようにして、全員参加で4月からの2年次の方針発表会を開催し、2年次の活動がスタートしました。

スタートするや、1年次の成果の効果もあって早くも4月以降業績が好転しました。そして8月の中間方針発表会では、日産1500台の年次目標を1600台に上方修正するという快進撃につながったのでした。

教訓

1、会社存亡の危機が大きな目標に挑戦させた
2、目標が明確だった(数値、期限)