受付で記帳を済ませ、用意された名札をつけて会場に入った。「愛澤一樹新作出版記念祝賀会」の吊り看板が目に入ってくる。一瞬、太陽を直に見たような眩しさを感じた。実際以上に看板は高く遠くに見え、それが今の自分と川島との位置関係のように思える。

「ドリンクをどうぞ」
コンパニオンに勧められてシャンパンを取った。理津子は白ワインを選んだ。

「川島くんは、まだ会場にいないようね。ひょっとしたらスポットライトで登場かも」
「まさか。それじゃまるで芸能人だろ」

「でも出版元にとっては金の卵を産む鶏だからね。メディアも大勢詰めかけているし。『愛澤一樹』をさらに売りだすイベントだからどんな演出でもするわよ」

「なるほど」と言いながら、納得したようなしないような中途半端な気分だった。

「芹生くんも営業活動しなきゃ」
「営業活動?」
「そう。『芹生研二』という作家を出版社に売り込むのよ」
「俺は作品の質で勝負するよ。それで認められないならそれまでだ」
「作家志望なんてゴマンといるわ。そこから抜けだすのは大変よ。川島くんのように」

川島くんのように、という一言が胸に刺さる。理津子の言っていることは至極ごもっともで、理解はできる。だが了解はできない。売り込みをしなければ売れない作家なんて所詮それだけのレベルではないか。手にしたグラスを一気に飲み干した。

「皆様。本日はご多忙のところ『愛澤一樹新作出版記念祝賀会』に多数お集まりいただき、誠にありがとうございます」

司会の挨拶が始まった。
「さっそくではございますが、本日の主役の登場です。愛澤先生どうぞ」

『炎のランナー』のテーマ曲が流れ、一瞬会場のライトが消えてスポットライトがステージ脇の袖を照らし、タキシード姿の川島が浮かび上がった。どよめきと同時に拍手が沸き起こる。

「うわ、予想どおりだったわね。ダサッ」、理津子が呟いた。

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『流行作家』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。