夜の散策

廃屋の裏側に
奥山へ登る獣道とは別に
山奥に点在した棚田に至る農道があった
 

トラクター一台がぎりぎり通れるくらいの道だが
一応はコンクリート舗装がなされ
意外に平坦で歩きやすく
特に夜になると全くひと気がないのをいいことに
自分は何度となくここを散策した

ある夜
ここで奇妙な経験をした

その夜は曇りのせいか星はひとつも見えず
月もどこにあるのやら全く仕事をしていなかった
道の両側に覆いかぶさった黒い樹木の隙間に
かろうじて暗紫色の空があったが
前方を見ている分にはほぼ真っ暗闇
ほとんど目を瞑つぶって歩いているようだった

本格的な秋を迎え
いつのまにか硬質に染み渡ってきた寒村の夜の寒気は
タートルネックの首の隙間に
強い酒の飲み始めの酔いのように染み渡り
自分は微かに震えながら歩いていた

十分ほども歩いていると暗さに目も少し慣れ
周りの樹木の輪郭がやんわりと掴めるようになってきたが
足元は相変わらず漆黒で全く光がなく
道の端に逸れる度に
足元に伝わってくる驚くほど柔らかな土の感触などを頼りに
たどたどしく私は歩いていた

辺りには秋のどことなく切迫した虫の鳴き声が
間延びして規則的に響き渡っていた