人種差別撤廃は、スタートラインに過ぎない――。
黒人の地位向上に腐心する2000年代の南アフリカ。人材の多様化と成長への隘路に挑む、ある商社員の物語。総合商社に勤める高倉は、子会社であるマキシマ社の再建を担い、社長として南アフリカに赴任する。人種隔離政策(アパルトヘイト)廃止から十年。そこで目の当たりにしたのは、格差と人種差別のない理想の社会の実現には程遠い現実。業績回復途上の会社に突きつけられる政府からの命題。それは、私企業に黒人の資本参加や管理職登用などを事実上義務付けるものであった。
2019年ラグビーW杯優勝国・南アフリカの葛藤から世界のリアルを描く、社会派ビジネス小説を連載にてお届けします。
三
「ええ、彼はマレー人系カラードですよ」
十九世紀までの奴隷狩りで、多くのアフリカ人がアメリカ大陸に連れて行かれ、アフリカの白人たちはその代りにマレー人やインドネシア人を連れて来て奴隷不足を補った。そして黒人やインド人との混血児が生まれた。
この東南アジア人の二世三世の混血児たちが『カラード』と呼ばれ、アパルトヘイト(人種隔離政策)時代には黒人とは別のカテゴリーに位置づけられていた。
「カラードは黒人より下だったんだろうか?」
高倉が興味を示すと、アンドルーはあごひげを左手でいじりながら答えた。
「カラードといってもいろいろあります。原住民のコイ・サン系、東南アジア系、インド系などですが、総称してカラードという呼び方になっています。これらの非白人の内、黒人とカラードでの上下関係は明確ではありませんが、我々のイメージとしては黒人より下です。カラードは人間扱いされませんでした」
「日本でも江戸時代に身分制度があった。サムライと平民、さらにエタ、非人と分けていた。これも区別しただけで、明確に上下を定めてはいなかったという説もあるが、実態としては平等ではなかった。同じようなものかな?」
と高倉は首を傾げた。
「当時の南アフリカ政府は、日本の身分制度を参考にしたのかも知れませんね。いずれにせよ白人との区分ははっきりさせて、居住地や教育、職業、婚姻に関する障壁を作って差別したのです」
「うーん、区別して差別か……」
アンドルーの見識の深さに感心した。
二人が少し離れてひそひそ話をしている間に、黒人ポリスが、
「いくら取られたのか?」
と倉庫係のピートに聞いていた。
「チーフは五千ランド(九万円)と言ってました」
【主な登場人物】
高倉譲二 マキシマ株式会社社長 七洋商事より派遣
アンネマリー 同社社長秘書
アンドルー・レクレア 同社カンパニー・セクレタリーのちに社長室長
ピート・ダン 同社倉庫係のちにケープタウン店長補佐
秋山峰雄 同社社長室長 七洋商事より派遣のちに経理財務ダイレクター
斉藤和夫 同社技術ダイレクター ニホンタイヤより派遣
シェーン・ネッスル 同社周辺国担当マネージャー
ケニー・ブライアント 同社前社長
ロッド・モーロー 同社管理担当取締役
トニー・コッペル 同社経理マネージャー ジンバブエ撤退担当
バート・グッドマン 同社販売担当副社長
ピーター・マステン 同社株主ポート・エリザベス在住
ザリレイ・マゲス 同社新株主代表 マゲス・エンジニアリング社社長
ジャンポール・ゲタン 同社ケープタウン店長
ポロ・マルハン ブラック・グリップ社(BG社)社長
ピーター・コナー ブリット銀行CEO
クバネ氏 ジンバブエ元外交官 現ANCメンバー
佐々木氏 TM銀行駐在員事務所所長
山川取締役 七洋商事東京本店
亀川常務執行役員 七洋商事東京本店
鈴本専務執行役員 七洋商事東京本店
風間部長 七洋商事物資本部
高倉洋子 譲二の妻
【前書き】
本作品内に差別的な発言や表現がありますが、二〇〇〇年代の南アフリカを舞台にした作品のテーマを損なわないようにしたものであり、差別意識を助長させようとするものではありません。