「私は、上海の日本海軍が接収していた資産を連合軍に返上するため、ここに派遣されました。全ての資産の明細を記載した書類を連合軍に届けるよう命じられています」

徳間は一度、下を向いてから顔を上げて言った。

「日本海軍には、英語と中国語が話せる将校は、私しか残っていません。他は皆、戦死しましたので……」

言い終わると、徳間は申し訳なさそうな表情をして言った。

「ボサード少佐。私は明日、帰国を命じられています。あなたには本当はもうしばらくここで静養していただきたいのですが、それはかないません。夜になったら、あなたを車で連合軍のGHQまで送ります。その時、私が借りた中国服を着てください。ここは今、中国人民軍が管理しているので、あなたをかくまっていることがわかると、厄介なことになります。それに、もう、この制服を汚したくはありませんから」

徳間はそう言うと、ボサードの膝の上に置いている制服を見て少し笑った。

ボサードは真っ白に洗濯された自分の制服を手で触った。パリッとしたアイロンの肌触りが心地よい。

「コーヒーのお礼です」
徳間がそう言って笑った。

トン、トン
再びノックの音が聞こえた。

女性の声が「とくまさん」とドアの向こうから聞こえる。そのままドアの向こうで待っているようだ。

徳間は立ち上がってドアを開け、中国服を着た女性を部屋の中に入れた。女性は食器が載った盆を持っている。中国服の女性が部屋に入ると、美味しそうな匂いがボサードのところまで漂ってきた。女性はベッドの横にあるサイドテーブルに盆を置き、ちらりとボサードを見ると、すぐに目を伏せて部屋を出て行った。

「ここにいる中国人はいい人ばかりです。口が堅いので大丈夫ですよ。医者の鄭先生は、日本海軍の嘱託医をしていたドクターです。あなたはあばら骨にひびが入っていて、内臓も出血しているので、一か月は安静にするようにと言っていました。あばら骨が折れて肺に突き刺さっていたら、死んでもおかしくないほど蹴られていたのですよ」

徳間は盆に載せられた茶碗の蓋をとりながら言った。

「薬膳のお粥を作ってくれたようですね。これを少しずつ、ゆっくり口にして、滋養をつけてください。夜までまだ時間がありますから、これを食べたら少し眠ってください」

言い終えると、徳間はボサードの足の上から、たたんだ制服を取り、代わりに運ばれてきたお粥が載った盆を置いた。そして、ベッドの脇に風呂敷を広げると、ボサードの制服を風呂敷で包み、上をきつく結んだ。

ボサードはその様子を見ていたが、おいしそうな香りにひかれ、膝の上に置かれた薬膳のお粥に目を移した。

お粥から湯気が上り、いい香りがしている。

「漢方のお粥ですから元気になりますよ。熱いので、ゆっくり食べてください」

徳間は風呂敷に包んだボサードの制服を枕元に置き、部屋を出て行った。

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『コール・サック ―石炭の袋―』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。