李(リー)師父は、漁門にとっては、材木融通のかなめであったが、私にとっても、今後の人生を左右する重要人物であった。

この一件で、李(リー)師父の心象をわるくし、正戸への道が閉ざされてしまったら、いったい、どうしてくれるのか?

もしかするとこれは、私を嵌はめるべく、湯(タン)師兄が仕組んだ罠ではないかとさえ思った。疑いが晴れたというのは私の早とちりで、じつは、曹洛瑩(ツァオルオイン)を逃がしたのはあいつだと、確証をつかんでいたのではあるまいか?

李清綢(リーシンチョウ)師父の目前で、王暢(ワンチャン)の信用をおとしめ、ほかに行き場のない身としたうえで、最終的には始末する。そのように、仕組んでいたのではないか?

その後、ふたたび交渉の席によび出されることはなくなり、私は、ただの屋台曳きにもどった。

いよいよ、消されるのか?と、思った。

毎晩、床につくときには、耳目をとぎすませた――段惇敬(トゥアンドゥンジン)の跫(おと)が、きこえやしないかと。

だが、戟剣(げきけん)の音をきくことはなかった。私は毎日のように、頭をひねったものだ。

いったい、どういうわけだろう? 自分は、まだ必要とされているのだろうか? いや、そんな、バカな。そんなこと、あるはずがない。上層部は知っているはずだ。アレは言いなりになるタマではないと。

姿をみせない漁覇翁(イーバーウェン)が、おそろしかった。

秘密をもらさず忠誠を誓えば幹部として認める。異をとなえる者は殺す。あからさまに異をとなえることはしないものの、内心、反抗的な者は、飼い殺しにする。

逃がさない。

漁門の掟など知らない。しかしそれらしきものを、私は膚(はだ)で感じていた。

二度ばかり、脱出をこころみたことがある。三十六計逃げるに如かず、消されるまえに遁走をくわだてたのである。

さいしょは、離ればなれになっていたきょうだいが見つかったので、一緒にくらしたいと湯(タン)師兄に伝えたのであったが、まともにとり合ってもらえなかった。

※本記事は、2018年12月刊行の書籍『花を、慕う』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。