第一章 青天霹靂 あと377日

二〇一六年

二月十四日(日)晴

陽が沈み部屋は薄暗くなり、心地いい時の訪れだ。母は祖母の写真をじっと見つめている。

[写真1]祖母の写真をじっと見つめる

突然、「母ちゃん、母ちゃんこと呼んで、ねぇ呼んできて……」と、母が言った。急に意識の混濁が始まったのだ。

祖母の写真を手に抱かせ、気休めの安定剤がわりになればとフコイダン錠を与えようとした。すると母は、「液体の方がいいよ。液体の方が飲みやすいの。液体、液体、液体……」と、まるで熱に浮かされ引き付けをおこした子供のようにウワ言を繰り返す。

フコイダン液をゴクンと飲み、しばし放心状態の後……、今度は「聞こえない、聞こえないのよ……。母ちゃん教えて、教えて母ちゃん……」と、天井を見つめ祖母の姿を探しはじめた。

私は涙を堪えられず、母にかけるべき言葉も失っていた。

遠くへ行ってしまいそうな母の胸に追い縋り、大声を出して泣きたかった。なのに、どうして……、それを出来ない自分がもどかしい。

どれくらい時間がたっただろか、少し正気を取り戻した母が窓を指差し、カーテンを閉めてくれという素ぶりをした。

そして、「浜辺の歌、歌いたい……。浜辺の歌、歌う……」と、母が言った。母自身も正気に戻ろうと一所懸命なのだ。

慌ててCDをかけた。が、既にまともに歌うことは出来ない。出来ないが、母は歌詞をじっと見つめ、麻痺のない左手で拍子をとっている。