人種差別撤廃は、スタートラインに過ぎない――。
黒人の地位向上に腐心する2000年代の南アフリカ。人材の多様化と成長への隘路に挑む、ある商社員の物語。総合商社に勤める高倉は、子会社であるマキシマ社の再建を担い、社長として南アフリカに赴任する。人種隔離政策(アパルトヘイト)廃止から十年。そこで目の当たりにしたのは、格差と人種差別のない理想の社会の実現には程遠い現実。業績回復途上の会社に突きつけられる政府からの命題。それは、私企業に黒人の資本参加や管理職登用などを事実上義務付けるものであった。
2019年ラグビーW杯優勝国・南アフリカの葛藤から世界のリアルを描く、社会派ビジネス小説を連載にてお届けします。
三
倉庫が武装強盗に襲われチーフが撃たれたとの報を受け、高倉は急遽執務机下の非常用ボタンを押した。
しばらくそのまま倉庫の方の様子を伺っていると、すぐに警備会社の車がきた気配があった。警察より早い。
タイヤが強奪されるのは痛くないと言えば嘘になるが、それよりも従業員に危害がおよぶのは絶対に避けたい。チーフが撃たれたとはどういうことか?と気をもんでいた。
倉庫の方の状況を携帯で確認していたカンパニー・セクレタリ―のアンドルー・レクレアが、
「どうやらもう強盗は逃げたようです。行ってみましょう」
と言ったので、高倉はアンドルーとアンネマリーと共に現場へ向かった。
「チーフが強盗に拳銃で撃たれました。幸い腕に当たっただけで、命にかかわる傷ではないようです。彼は明日からの休暇のために、近くのショッピングモールにあるATMでお金をおろしました。それを見られていたようです。彼の車を黒人の車が追い、彼が倉庫の駐車場に戻って車から降りたところを襲ったようです。
強盗は二人で、チーフに拳銃を向け、シートにおいてあったお金の入った袋を奪いました。チーフがそれを取り返そうと抵抗したので二発撃ってすぐに逃げたそうですが、そのうちの一発がチーフの腕に当たったのです。警備会社の車で病院に行きました」
倉庫の担当者はそう説明した。
マシンガンだったらひとたまりもなかっただろう。高倉は少しホッとしながら、
「とにかく命にかかわるようなことではないようだし、流れ弾が他の従業員に当たらなかったことも救いだった」
と呟いたところに警察が来て、現場検証を始めた。
検証の間に彼はアンドルーにそっと耳打ちした。
「いま説明をしてくれた倉庫係は若いがなかなかしっかりしているようだな。色は黒いがアジア的な顔だからカラードかな?」
これが高倉と倉庫係ピート・ダンとの最初の出会いであった。
※本記事は、2020年9月刊行の書籍『アパルトヘイトの残滓』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
【主な登場人物】
高倉譲二 マキシマ株式会社社長 七洋商事より派遣
アンネマリー 同社社長秘書
アンドルー・レクレア 同社カンパニー・セクレタリーのちに社長室長
ピート・ダン 同社倉庫係のちにケープタウン店長補佐
秋山峰雄 同社社長室長 七洋商事より派遣のちに経理財務ダイレクター
斉藤和夫 同社技術ダイレクター ニホンタイヤより派遣
シェーン・ネッスル 同社周辺国担当マネージャー
ケニー・ブライアント 同社前社長
ロッド・モーロー 同社管理担当取締役
トニー・コッペル 同社経理マネージャー ジンバブエ撤退担当
バート・グッドマン 同社販売担当副社長
ピーター・マステン 同社株主ポート・エリザベス在住
ザリレイ・マゲス 同社新株主代表 マゲス・エンジニアリング社社長
ジャンポール・ゲタン 同社ケープタウン店長
ポロ・マルハン ブラック・グリップ社(BG社)社長
ピーター・コナー ブリット銀行CEO
クバネ氏 ジンバブエ元外交官 現ANCメンバー
佐々木氏 TM銀行駐在員事務所所長
山川取締役 七洋商事東京本店
亀川常務執行役員 七洋商事東京本店
鈴本専務執行役員 七洋商事東京本店
風間部長 七洋商事物資本部
高倉洋子 譲二の妻
【前書き】
本作品内に差別的な発言や表現がありますが、二〇〇〇年代の南アフリカを舞台にした作品のテーマを損なわないようにしたものであり、差別意識を助長させようとするものではありません。