壱─嘉靖十年、漁覇翁(イーバーウェン)のもとに投じ、初めて曹洛瑩(ツァオルオイン)にまみえるの事

(7)

「大翁は、あたらしい建物をつくることに意欲をお示しだ。これまで以上に、世界中の物産を、取り引きし、商いをひろげるのだ。元の時代のようにな。漁門は、珍品名宝が集まる、一大拠点となる。そのためには、あたらしい建物が必要となるのだ。工事の指揮は、わたしが執る。材木の手配は、李清綢(リーシンチョウ)どのにお願いすることとなったが、おまえには、交渉に協力してもらいたい。知人を介してのほうが、商談もしやすいからな」

「麵売りの仕事は、どうなるのですか」

「これまでどおり、続けるのだ。麵売りをやめれば、それだけ売り上げも減るからな。おまえには、交渉が必要になったときだけ、声をかける」

――容疑は、解かれたのか?

「わかりました。私は李師父だけでなく、配下の、田閔(ティエンミン)という俊髦(しゅんぼう)にもよしみを通じております。きっとお役にたてるかと存じます」

「さっそくだが、明日、私に同行してもらいたい」

とりあえずは、胸をなでおろしてもよさそうだ。これで『あたらしい建物』が建つまでは、とつぜん、消されることはないだろう。

帰り道、天をあおいで、曹洛瑩(ツァオルオイン)のことを案じた。
いまごろ、どうしているだろうか。

あの子を尼寺にあずけて以来、塒と売り場とを往復する道しか通らなかった。
嗅ぎまわられているときは、情報を遮断するにかぎるのだ。

うらはらに、あの子とともにすごした一瞬一刻は、私の宝物になっていた。
はじめて会ったときの、前髪からのぞいた眸、ふわりとした身のこなし、手のひらの意外なつめたさ。
そして、清流のような声。

――せめて、寺の外から見るだけでも。

いや、ダメだ。飛蝗(バッタ)に見つかったら、これまでの苦労が一気に水の泡である。
深窓にかくまった歌姫が、無事であること。それが、すべてに優越した。あの子が無事ならば。