「じゃあさ、1つ頼んでもいいかなぁー、100グラムのブロックを2個と20、30グラムブロック1個ずつ作っといてくれる?」彼は、今夜中に渡す予定のマリファナを、引き取ったらすぐに渡しに行けるようにしといてもらうことにした。

「OK、OK、解りました。了解ですー、以上ですか?」

今夜の奴は、かなりハイテンションだな、そう思った翔一は、
「じゃあ、1時間後には着きます。よろしく」と、言って、有無を言わさず受話器をおろした。
今ごろはまだ、切れた電話の受話器を持ったまま固まっている新二の姿が想像できた。

『可哀想だったかな』一瞬、思ったけれど、ハイテンション人間に、シラフで付き合っている時間的余裕は、今の翔一にはなかった。

新二からの連絡が入ったこの時点で、これからの予定は翔一次第という状況になった。

香子のいるテーブルまで、少し足早に戻ってきた翔一は、フロアーに立ったまま
「香子ちゃん、今夜は何時まで俺と、一緒にいてくれるの?」

香子は、自分に向けられた質問の答えを探していた。

その仕草を見て彼は、気付く。
そして、ブースにいる及川に視線を向け親指で自分を指差し、人差し指を店の出口のほうへ向けた。
それを見た及川は、OKのサインを右手でつくって敬礼の仕草をした。

翔一は香子に、視線を戻して言った。
「ごめん、今の質問訂正、一緒にいようね、今夜はずっと。時間の許す限り」

そう言うと一瞬、止めてしまった2人の時間に再び、輝きが戻ってきたことをはっきりと認識した。

『勘違いなんかじゃあないな、こんな可愛い人には今まで出逢ったことがない』

知らなければいけなかった大事なことに今夜、ようやくたどりつけた。
そんな思いが押しよせた今、彼の中では、苦しくなる程の充実感と、許容範囲をはるかにオーバーした愛しい、と感じるその思いが、彼からためらう気持ちを、全て取りのぞいていった。

「さぁ、そろそろ行かなくちゃ」翔一は香子の耳もとでささやいた。

スツールをおりた香子はDJブースに立つ及川に、視線を向けた。
そして、翔一の友人に会釈をして、半歩だけ先を歩く翔一の後を彼のペースに合わせてついて行く。

店から出たとき、彼の横には彼女がいた。
そこはいつでもお互いを視界の中に映せる場所。
2人にはもうポジションが存在している。

それが、昔から決まっていたように思えるのは、翔一だけじゃない。

そのことを、彼女も感じているだろう、でも、この人がそうなんだという認識を、先に抱くのは香子のほうが先。

香子は女性で翔一は男。
不安が心に、いつも在るのは男の弱さだから。
こればっかりは、言葉でいくら言い聞かせても意味はない。

信じることには、何一つ難しいことなんかあるはずがない。

※本記事は、2017年9月刊行の書籍『DJ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。