その天才的な石原中佐は、日露戦争の勝利で中国東北部の南満州の権益と、その最重要拠点である南満州鉄道、いわゆる「満鉄」を守備するための要(かなめ)、遼東半島の関東州に駐箚(ちゅうさつ)している帝国陸軍の精鋭部隊「関東軍」の作戦主任参謀で、日清戦争以後の満州周辺での武力衝突の絶えない、いわゆる「満蒙問題」を一挙に解決するため、日本政府や軍中央の戦争不拡大方針に反し、関東軍司令官をも欺く独断専行によって、中国兵の破壊工作に見せかけた自作自演の謀略、いわゆる「満鉄柳条溝(りゅうじょうこう)(湖)爆破事件」を口実に満州全土の主要都市を電撃的に制圧し、『満州国』建国のお膳立てをして、「満州国建国の立役者」として一躍その名を日本中に轟かせ、末は陸相か参謀総長かとも嘱目される陸軍のホープと期待されていた。

また、その満州事変は、

「日本とアングロサクソンの決戦は、人類の最後にして最大の戦争であって、その時期は必ずしも遠き将来ではない」と看做(みな)し、日米戦争を東西文明の衝突であるとする宿命的な「世界最終戦争」と位置づけ、その来るべき日米戦争に備えると同時に、鉱物資源の眠る広大な未開の荒野満州から欧米列強の覇権主義を排除し、漢、満、蒙、回、日の五民族が大同団結して、孟子(もうし)の「仁道(じんどう)」に基づく王道思想によって「五族協和・王道楽土」の理想郷を建設し、東亜の恒久平和と自給自足を図るという、いわゆる「石原イズム」の夢想的ともいえる壮大な構想を実現するための第一歩だった。

それはまた、石原中佐が関東軍作戦主任参謀として満州に赴任した翌年の昭和四年に、

「対支(中国)外交即(すなわ)チ対米外交ナリ……若(も)シ戦争ノ止ムナキニ至ラバ、断乎トシテ東亜ノ被封鎖ヲ覚悟シ、自給自足ノ道ヲ確立シ、長期戦ヲ有利ニ指導シ我目的ヲ達成ス……

対米持久戦ニ於テ日本ニ勝利ノ公算ナキガ如ク信ズルハ、対米戦争ノ本質ヲ理解セザル結果ナリ……若シ真ニ米国ニ対スル能(あた)ハズンバ日本ハ速(すみ)ヤカニ其全武装ヲ解クヲ有利トス」

いう趣旨の満蒙問題解決案を、政府や軍中央の戦争不拡大の方針を無視し、半ば公然と表明していたことを実践し、出口の見えない慢性的な不況や優柔不断な軟弱外交に、苛立ちと閉塞感を募らせていた国民からも熱狂的な支持を得ていた。

「私も、石原中佐殿の十年不戦論には大賛成です。

また、満蒙問題解決案も読みましたが、その『若し真に米国に対する能わずんば、日本は速やかに其の全武装を解くを有利とす』という、たんなる秀才には思いもよらぬ大胆な、口外することはおろか、考えることすらタブーとされるような、天才戦略家石原中佐殿ならではの見解には、百万の味方を得た思いがしました。

さらに、東亜の恒久平和と自給自足の理想郷の建設の実現に、歴史的な一歩を踏み出された中佐殿の勇断も、目先の情勢に惑わされず将来を冷静に見据えた、上杉鷹山(うえすぎようざん)の一見冷酷非情とも思えるような超現実主義的な英断というべき『為せば成る』の精神と、『大行(たいこう)は細謹(さいきん)を顧みず』という気概と度量なくしては為しえない、それもまた中佐殿ならではのことと敬服しております。

しかし、その満州事変によって、蒋介石(しょうかいせき)の抗日姿勢はより強固になり、欧米の列強国は、それを中国に対する侵略戦争と見做し、国際連盟の名の下(もと)、その真相解明のため『リットン調査団』を満州に派遣するなど、日本に対する国際社会の風あたりは、ますます厳しくなる一方です。

わけても蒋介石を支援しているアメリカとは、満州の紛争が長期し泥沼化するにつれ、日米関係も悪化するという悪循環に陥り、石原中佐の十年不戦論も、その前途は暗澹(あんたん)としている、というより、それは『絵に描いた餅』といわざるを得ません。

つまり、現状のままでは、大尉殿がいわれるエモーショナルな風潮はますます加熱すると思いますし、軍上層部でも、満州事変で気をよくして鼻息が荒くなり、アメリカ一撃論を唱えている連中もすくなくありませんので、その壮大な構想が実現する前に、いま大尉殿がいわれた『前門の虎、後門の狼』という情況になるのも時間の問題ではないかと思います」

「いや、そういう連中だって、日本とアメリカの国力の差を知らないわけではなし、本気でアメリカと一戦まじえようと思ってはいないさ。

むしろ、その差を知っていればこそ、拳(こぶし)を振り上げて強硬論を唱えているといってもいいだろう。まあ、一種の逆説的なアジテーションで、アメリカ一撃論を声高に唱えて危機感を煽り、軍備増強を正当化して軍事費の予算をより多く獲得しようという見え透いたロジックといってもいいだろう。

しかし、そんな政治家もどきのやり方は感心できないとはいっても、連中も連中なりに、やはり刻下の日本の危機的情況を憂慮して強硬論を唱えているだけで、山だしの猪ではなし、そう無闇矢鱈(むやみやたら)に猪突猛進するとは思えないが、そうした高言も過ぎれば振り上げた拳の手前もあって引くに引けなくなり、『瓢簞(ひょうたん)から駒』ということも無きにしも非ずで、やはり予断は許されないかもしれないがね。

『歴史は二度繰り返す、一度目は悲劇として、二度目は喜劇として』というシェークスピアの、いや、カール・マルクスだったかもしれないが、何れにせよ、『歴史は繰り返す』云々(うんぬん)という文句は、古代ローマの時代からいわれていることで、その予言とも戒めともとれる警句に従えば、一度目が先の世界大戦で、二度目は石原中佐のいう世界最終戦争、つまり瓢簞から駒の日米決戦というわけで、まさに喜劇といってもいいが、もしそんなことになったら、この近代の味と香りといってもいいコーヒーも飲めなくなるかもしれないし、そんな笑うに笑えないことにならないよう務めるのもまた、我々の使命だろう」

と山内大尉は、またコーヒーカッブを手に笑った。

「ええ、そのとおりです。しかし、内外ともに現状のままでは、その二度目の悲劇は、石原中佐殿のいわれるように、必ずしも遠き将来のことではないかと思います。

その結果は、これも石原中佐殿がいわれるように、その前に全武装を解くというのであればまだしも、それは多分、いえ、百パーセントないでしょうから、結果は言わずもがなと思いますが……」

と、田島の口調は熱っぽくなりはじめていた。

山内大尉は、その熱を冷ますかのように、穏やかに口をはさんだ。

「それは間違いないだろうな……しかし、今度は私が一つ訊いてもいいかな?

「はあ……何でしょうか?」

と田島は、姿勢を正した。

大尉は、さらに一呼吸おくように、手にしているコーヒーカップを机に置いていった。

「むん、さっきも訊いたことだが、いま話した諸々(もろもろ)の国内外の情勢が、ほかでもない、そのチャップリンと何か関係があるのかな?」

「ええ、今回の計画は、将に、そうした諸々の危機的な情勢の上に立脚していますので。

つまり、結論を先にいえば、国家改造を成し遂げるためには、大尉殿が言われた絶体絶命のピンチに至るまえに、先の見えない八方塞がりの危機的状況を、全国民が頭ではなく、身をもって実感し、はっきりと認識することが何より肝要なことであると思いますので。

刻下の日本は、都市には失業者や物乞いをする浮浪者が溢れ、農村では「娘の身売り」などという悲惨な現実が日常化している情況にくわえ、満州の戦火もいまだ完全に収束したとはいえない満州の情況からも、残念ながら、超大国アメリカと互角に渡り合えるような情況ではないことを、全国民がはっきりと実感し認識することが、その第一歩かと思います……チャップリンには、そのための起爆剤になってもらおうと思っております。

そのためには、『毒は毒をもって制す』といいますように、逆説には逆説でということで、いま大尉殿がいわれた、アメリカ一撃論を声高に唱えて危機感を煽っている連中の逆説的なアジテーションを利用して、というより、それを逆手にとって、その危機感を全国民が実感できるような、衝撃的な起爆剤をセットしなければならないと考えております。

たとえば『泰平の眠りを覚ます上喜撰(じょうきせん)たった四杯で夜も眠れず』と、ペリーの『黒船来航』に右往左往した幕府や江戸庶民の驚きを、四隻の蒸気船と、その昔から天下一といわれている宇治の高級茶の『上喜撰』をかけて詠んだ狂歌ではありませんが、そんな、上は総理大臣から下は、それこそ下町の一家庭の主婦にいたるまで、全国民が理屈抜きで肝を潰し、文字通り夜も眠れず、顔色をかえて走り回るような、まさに『黒船』にも匹敵する起爆剤でなければならないと考えてのことです。

またそれは、狂気の沙汰と思われるかもしれませんが、膠着(こうちゃく)した満州の情況に風穴を開けた石原中佐殿に倣い、国内の行き詰った社会にも大きな風穴を開けなければと決断した次第です。

チャップリンには気の毒ですが 今この時機に自ら望んでこの日本にやってきたのであり、それも天の定めと諦めてもらい、その起爆剤になってもらうことにしました」

低い声ではあったが、田島はきっぱりといった。

「なるほど……つまり、二度目の喜劇を、世界の喜劇王をもって回避しようというのは、皮肉といえば皮肉な話だが、それもやはり人類ならではの、宿命的な歴史の必然性ということかな」

と、山内大尉は苦笑した。

※本記事は、2019年4月刊行の書籍『泣いてチャップリン』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。