一月三十日(土)曇・雪

楽しい気持ち、嬉しい気持ち、ありがとうの気持ちを誰かに伝えるために生まれたのが、“音楽”という世界最古の言葉だ。

この世界に音楽があって良かった。母に歌というものがあって本当に良かった……。

何年か前、今ではほとんど聴くことの出来なくなった古い歌がどうしても聴きたい……と、母は言い、何軒ものレコード店を探し回った事がある。

結果、それは徒労に終わった。が、近年、ユーチューブなるものが巷(ちまた)で流行(はや)り、パソコンのキーボードを叩けば大抵の曲は見つかるという便利な世の中になった。

それを母に教えると、それじゃぁ……という事でチラシの裏にメモしたリストを作って私によこした。

思いつくたびに書き足したそのメモは二百曲以上を数え、私は暇々に検索しては、その画面をビデオに撮り、更に編集してDVDに焼くという作業を繰り返した。

その四枚目が完成し、母の喜ぶ顔が見たくて急いで持ってきた。

母がムスメ時分によく聴いたという「谷間のともしび」や「婦人従軍歌」「ゴンドラの唄」「アリラン」「トロイカ」、それから東海林太郎・藤山一郎・田端義夫などの懐かしい歌の映像が盛り沢山だ。

それにしても、母はよくもこれだけの歌を知っていたものだと感心する。しかも、母のメモを見れば、曲名・歌手名は無論、その綴りまでがほぼ正確であるから驚く。普通、好きな歌のフレーズは分かっていても、曲名や歌手名まではなかなか出てこないものだ。

♪まぼろしの影を慕いて……

「この歌ねぇ……、小学校六年生の時に……、歌ったのよ」
母は、半身を起こしたまま、疲れも忘れて聴いている。

歌はレコード針のパチパチ音混じりのオリジナルである上に、多くは映像まで本物の骨董だ。

涙を流しながら、少しでも歌おうとする母の姿を見ていると、私も一緒に泣けてきた。もらい泣きというより、母のDNAのせいか、私も懐メロや童謡の類いが大好きで、どの歌も実に胸にしみる。

これは、確かに母のために作ったものではあるけれど、私にとっても大きな宝物である。
母の記憶とリクエストがなければ、こんなに沢山の素晴らしい歌に出逢うことは叶わなかった。
大げさではなく、実に金に代えられない遺産であり、それを作らせてくれた母に感謝である。

窓の外に少し雪がちらつきはじめた刻……

「お母さん、歌が好きで良かった……。好きな歌が聴けて、本当に幸せだよ……」

しみじみと母が言い、晩はそのまま食堂へも行かず、部屋に膳を運んで歌を聴きながら食べた。

※本記事は、2020年7月刊行の書籍『ありがとうをもう一度』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。