廊下で障子の陰から様子を窺っていた女将が、怯えて竦んでしまったその一人に駆け寄り、抱きかかえ座敷の隅へ這いつくばるように身を寄せた。

木坂の前に転がってきたお銚子からは、冷えた酒がコトコト音をたてて零れでていた。

木坂は膝を二歩ばかり進めてそれを拾い、傍らに立てていった。

「少佐殿。これでも、わたしも軍人の端くれです。短刀で威(おど)されたからといって一人おめおめ戻ることはできませんので、突くなど斬るなどお好きなようにしてください。そのぐらいの覚悟はして参りましたので。

しかし少佐殿、その前に一つだけ申し上げておきますが、それでは荒木閣下や、あなた方がダラ幹と非難されている閣下たちの注文通りということになりますよ。

ここであなた方が、刃物を振り回して大立ち回りをなされば、たんなる暴行傷害罪か、もしくは、それでわたしが一命を落とすようなことになれば、傷害致死罪の現行犯で検挙し処分することができますからね。

場所も場所ですし、酒に酔って乱暴狼藉(ろうぜき)に及んだ参謀本部のエリートが、制止に駆けつけた憲兵を斬殺したと、まあ表向きにはそんなふうに公表されるでしょうが、そういうことになれば、今回のクーデター計画は自ずとご破算ということで、閣下たちにとっては、まずはメデタシメデタシということになります。かわりに少佐殿は、軍人らしからぬ不名誉な罪状で軍法会議に出廷しなければならないことになるでしょう。

しかし、事ここに至ったからには、それを甘んじて受け容れるか、もしくは、もう一度閣下と話し合っていただくか、道は二つに一つしかありません……閣下は国家改造にも理解がある方ですし、少佐殿や桜会の方々のわるいようにはなさらないと思いますが」

と、木坂は多少の皮肉もこめていった。

が長少佐は、また鼻で嗤った。

「なんだ、おれたちの話を立ち聞きしてたのか?」

「いえ、そんな真似は。僭越ながら、わたしは少佐殿が陸士で勉強されていたころには、すでに憲兵隊に勤務しておりまして、軍隊の裏も表も嫌というほど見てきましたし、荒木閣下のこともよく存じているつもりですので、それぐらいのことは」

と、ここが勝負どころとみて、木坂はさらに膝を一歩進め、穏やかにいった。

「わたしは命が惜しくてこんなことをいっているのではありませんよ。

どうしてもご同道していただけなければ、わたしも子供の使いではありませんし、拳銃も伊達に持ち歩いているわけではありませんので、その時は逆に、いかに任務とはいえ、上官に拳銃を向けたとなれば、結果次第では銃殺もので、どの道わたしも無事ではすみませんので──つまり、事ここに至ったからには、少佐殿とわたしは『呉越同舟(ごえつどうしゅう)』ということで、『相救(あいすく)う』も、共に沈むも少佐殿の胸一つです。

いま一度申しますが、わたしがここへ参りましたのは荒木閣下のご命令だということを、つまり、最後通牒だということをよくお考え下さい。

ですが、国家改造にも理解ある閣下と再度話し合われれば、また別の道も開けると思いますが、それでもというのであれば、突くなり斬るなりお好きなようにして下さい」

いかに酔っていたとはいえ、敵も参謀本部に勤務するエリートであり、それなりに呑み込みも早かった。あるいは、国家改造に理解ある閣下という一言が効いたか、立てていた片膝を崩して、胡坐をかいたかとおもうと、天井をむいて高笑いをしていった。

「ダラ幹どもを芟除して、荒木を総理大臣にしてやろうと思ったのに、逆に、おれたちが切り捨てられたというわけか。勝てば官軍、負ければ賊軍。まあそれも世の常、兵家の常だ。仕方ないだろう……それにしても、憲兵隊にもきみのような兵(つわもの)がいたとは、憲兵隊も捨てたもんじゃないな。ここの電話線を切ったのもきみか?」

「ええ、ちょっと目障りでしたので。

おかげで、こうして少佐殿と腹を割って話をすることができました」

「むん、気にいった。一杯やろう!

ここへ一人で乗り込んでくるようでは、きみも切り捨てられた口だ。急いで戻って荒木やダラ幹共を安心させてやる義理もないだろう。違うか?

女将! 冷(ひや)でいいから、とりあえず二、三本持ってきてくれ」

と、こうして事件は血を見ることもなく穏便かつ迅速に落着したのだった。

が、この《金龍亭》の顛末はもちろん、クーデター未遂事件そのものも箝口令(かんこうれい)が布かれ、一切公になることはなく、したがって軍首脳たちの責任が問われることもなく、すくなくとも表面上は波風の立つこともなく事件は決着したのだった。

その手柄が荒木中将のものになったことはいうまでもないが。

因に、クーデターの首謀者、橋本中佐と長少佐の二人は禁固一カ月というきわめて軽い行政処分で、他に十名ほどの者も、通常の異動という形で地方の師団や連隊に飛ばされただけだった。無論、この事件は軍紀の乱れによって起きた事件であり、その姑息な甘い処分が禍根を残すのではないかと懸念する声もないではなかった。

また押収した彼等の軍事政権構想の閣僚名簿には、長少佐の言葉通り、内閣の首班兼陸相に荒木中将の名が記されていた。のみならず、橋本中佐が内相に、長少佐自身も警視総監として名を連ねていた。つまり《桜会》が荒木中将を「ロボット化」し、国の治安と陸軍の実権を一手に握ろうという魂胆だったことは明らかだった。

それからおよそ六カ月、その顛末はすでに西田税の耳に入っているようだった。

といっても人の口に戸は立てられず、それはさして驚くほどのことではなかった。

そもそも陸軍の将校は、兵科を問わず全員が陸士の卒業生であり、憲兵隊の将校といえども、良かれ悪しかれ、その先輩後輩の絆といえば絆、腐れ縁といえば腐れ縁からは生涯逃れられず、たとえ憲兵隊の極秘事項といえども軍部内にあっては無きにひとしく、西田は今もなお、青年将校等と現役当時とかわらない、否、それ以上に親密な関係であることを暗に誇示し、勝ち誇ったように木坂を見下ろしていた。

が木坂にとっては、それもまた神経を尖らすほどのことではなかった。せいぜい苦笑のタネといったところで、西田のお喋りに付き合っている場合ではなかった。

木坂は、挨拶もそこそこに外へ出てハンチングを頭にねじこみ、ここに来て思いついた、もう一つの「鹿ヶ谷」、麻布にあるフランス料理店、《竜土軒(りゅうどけん)》へ急いだ。

そこは歩一からも歩三からも歩いて数分ほどのところにあり、彼等青年将校の溜り場で、歩一の山内大尉、栗原少尉、そして田島中尉と同期の歩三の安藤輝三(てるぞう)中尉など、その中心的メンバーの多くが日頃から出入りしている、密会場所というより、いわば「梁山泊(りょうざんぱく)」といった集会所になっていた。

木坂は円タクを拾おうと、千駄ヶ谷の駅へ急いだ。

が、夜の帳(とばり)につつまれた閑静な住宅街の箱庭のような駅前広場には、土曜日ということもあってか、円タクどころか人影もなかった。

「主だった駅や盛り場でトグロを巻いてますからね」と、円タクの運転手がこぼしていた言葉が洒落や冗談でないことをあらためて実感した。

で、円タクを諦め、彼方の夜空に巨大な屏風を立てたように黒々と聳える、神宮外苑の競技場のスタンドの屋根をめざした。

西洋のオトギ噺(ばなし)にでも登場する白い大フクロウが飛び出してきそうな、異国情溢れる広大な神宮外苑には、植樹されて十年そこそこの若い痩せた銀杏(いちょう)や欅(けやき)が夜の底に寒々と立ち並んでいた。

※本記事は、2019年4月刊行の書籍『泣いてチャップリン』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。