そう言うと、彼は私から目をそらし、天井を見た。何かをこらえているような固い雰囲気だった。私は本を閉じてバッグにしまった。

「僕は今、CNNの仕事で、神戸を取材しているんだ。三年前の阪神・淡路大震災から、一体どうやって、ここまで復興したのかって、世界は日本に注目している。君も震災で被害に遭ったのかい?」

「私は二カ月前に、大阪の八尾から越して来たところです。ただ、当時ボランティアで神戸へ来てたわ」

「君、河内の生まれなの? ちっとも関西弁が出ないけど……」

「そういう偏見で見られるから、あまり八尾って言いたくないんです。私は国語が好きで国文科で学んだし、標準語を話す方が自分らしくて好きだわ。別に無理はしてないの」

「八尾だったのが、どうして神戸に来たんだい?」

「それは……色々複雑なの。とにかく家を出たくて……海が好きだから、来たのかな?」

「ごめんよ。無理に話さなくていい。誰にだって言いたくない事があるからね。それで、震災のあとの神戸はどうだった?」

「恐ろしく大変だったわ。私、子供の頃から、いい人間でありたいと思ってたから、炊き出しや、おにぎりを作ったり、泣いてる子供達の面倒をみたり、力仕事でない事は何でもしたわ」

「えらいね」

「ちがうわ。私は偽善者なんです。白状すると、両親が離婚して、私は父だけで育ったの。だから、ひねくれ者とかにならないよう、いい人間でいたいと努力してるだけなの」

「そうじゃないよ。君は偽善者なんかじゃない。人はそんなふうに理想を持っても、行動は出来ないもんだよ。君は自分に正直で素直な人だ。君はその上、謙虚だね」

私は何だか面はゆかった。初めて男性に可愛いと言われ、容姿ではなく内面についてほめられ、うれしかった。

「貴方の……神矢さんのご出身はどこですか? 関西じゃないですよね」

「僕は鎌倉だよ。慶応の政治学科を出たんだが、僕も色々あってね。……家どころか、日本に居たくなくて、イギリスに渡って、オックスフォードで修士を修めて、BBCに入ったけれど、縛られたくなくて、フリーランスってわけさ」

「鎌倉なの……。いいところですね。修学旅行で行ったわ。鎌倉大仏に、鶴岡八幡宮、それに東慶寺、どこも良かったわ」

「そう……」と神矢はそっけなく言って、コーヒーをすすった。

「独身って仰ったけれど、結婚された事ないんですか?」