「えぇ」と、優子は頷いた。

「すみません」と、柚木がカーテンの向こうに声をかけると、看護師が来た。

「奥宮さんを休ませてあげて」と、柚木は看護師に指示をした。看護師に連れられ、優子はカーテンの向こうへ入った。白いシーツのかかった簡易ベッドがあり、枕と毛布もあった。優子は靴を脱いで、ベッドに横になった。看護師が毛布をかけてくれた。

優子は目を閉じた。疲れていた優子は、静かに眠りにおちた。

目が覚めてみると、もう六時を過ぎていた。静かにモーツァルトの「クラリネット協奏曲イ長調」 が聴こえていた。優子は靴を履き、カーテンを開け、診察室をそっと覗くと、柚木が一人で書き物をしていた。

「先生。ありがとうございました。すっかり眠ってしまって」と、優子は声をかけた。

「あぁ」と、柚木は手をとめ、優子を振り返って見た。
「眠れましたか! それは良かった」と、柚木は笑顔で言った。

「先生。モーツァルトがお好きなんですか?」と、優子は聞いてみた。
「えぇ。そうなんです。クラシック音楽が好きでね」と、柚木は笑顔で答えた。

「父もそうでした。おかげさまで、久しぶりに良く眠れ、楽になりました」
「それは良かった! じゃぁ、気をつけてお帰り下さい」
「はい。ありがとうございました」

優子は柚木に、深々とお辞儀をして、ドアを出た。優子は何だか胸の内にあたたかいものが広がるのを感じた。優子は、柚木を特別に思い始めていた。

※本記事は、2020年4月刊行の書籍『追憶の光』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。