8 My Simple Heart–Carol Douglas

4Fでエレベーターを降りた翔一は、クロークにいるマネージャーに、会釈して「DJの片山君に面会!」と、ちいさめの声で怒鳴りながら、店の中に入っていく。

DJブースに近づくと、片山は翔一を見つけて、一段高くなってるDJブースから下りてきた。

ラズィールのDJブースは、フロアーから1メートルぐらい高い位置にセッティングされている。だから、ブースからはダンスフロアーを見下ろす感じだ。

『気分が良いだろうなぁ』いつも思う。

店内は当然のことながら大音響が、はじけまくっている。そのため、お互いの耳の近くで、大声を出して話さなければ、ちっとも聞こえやしない。

「朝までには、GET出来る予定なんで、先に集金しときたいんだけどいいかなぁ」翔一が怒鳴ると
「OK、ちょっと待っててー」片山も同じく怒鳴る。

ブースに置いてあったバッグから、封筒を取り出して翔一に渡した。
「ちゃんと、入ってるからね」片山が、さらに怒鳴る。
「OK」翔一が、片山の耳の近くで大声を出して答えた。

片山は、自分のパートだったらしく自分の耳に、受話器の形を作った手をあて、
「じゃあ、連絡まってます」と言いながら、DJブースに戻って行った。

翔一は、手を振って店の出口に向かった。
再度、クロークに突っ立っているマネージャーに会釈だけをしてエレベーターに乗り込んだ。

彼は「ふうー」と、1つ息を吐いた。

ラズィールには、もの凄いパワーが充満していた。
全く別の目的で、あの場所を訪れた翔一は、ラズィールに渦巻いていたパワーに圧倒され気味で。

「いやー、まいったな」と、つぶやきながらエレベーターのボタンを押した。

翔一の乗ったエレベーターが1階に近づくにつれてラズィールの放つ大音響が、フェードアウトしていく。1Fで、ドアが静かに開いた。エレベーターの前には、これから上がって行こうとする人間で、あふれている。

『うわっ』と、思いながら出口へ向かう翔一に、声をかけた女性がいた。

「さっきダーティ・デライトで、DJをしていた人ですよね」と、言いながらエレベーター前の人ごみで、ゆっくりとしか歩けないでいる彼の傍に寄ってきた。