昭和39年のライシャワー事件(精神疾患のある青年がアメリカ大使のライシャワーに傷害を負わせた事件)により精神衛生法が改正され、通院医療費の公費負担が始まりました。入院も強制入院や保護入院、任意入院などに分かれていました。公費の助成とともに、精神病者の把握もできました。

その後、昭和59年宇都宮病院事件(精神病院の職員の暴行により入院患者が死亡した事件)が海外からも批判を受け、精神保健法(昭和62年)の制定に至っています。それまで社会防衛的な視点が強く、何らかの事件がなければ改正されてきませんでしたが、精神障害者が福祉の対象として考えられるには精神保健福祉法(正式名称は精神保健及び精神障害者福祉に関する法律、平成7年)の制定まで待たなければなりませんでした。

精神保健福祉法によって精神障害のある人にも手帳が発行され、障害として認定されることになりました。等級は1級から3級、1級が最重度です。精神疾患において医療検査機器で検査が可能なのはてんかんの脳波くらいですから、精神科医の診断によって等級が決まることになります。

そして特徴的なことは、名称が精神障害者手帳ではなく精神障害者保健福祉手帳であることと、2年の有効期限がついていることです。身体障害者手帳も療育手帳も期限はありません(身体障害で障害がなくなればこの限りではありませんが)。2年ごとに更新することになります。

そして発達障害が手帳の該当となったのは、障害者総合支援法(平成25年)以降です。障害として認められるということにおいても、精神障害はかなりあとで、その扱いも流動的なものであることがわかります。それでも社会防衛的観点から、福祉の観点に少し進んだことになります。

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『“発達障害かもしれない人”とともに働くこと』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。