ギャラリー・エステと書かれた看板の前で立ち止まると、ショー・ウィンドウ越しに何枚かの絵が見えていた。

何気なく覗き込んだ宗像の二つの目が、突然吸い寄せられるように、ある一枚の絵を捕らえた。それはまるで運命的な出会いを象徴するような、若く美しい女性の横顔を描いた肖像画だった。

思わず小さく声をあげそうになる気持ちを抑え、生唾を呑み込みながら凝視すると、それは木炭とパステルに、不透明水彩を重ねて仕上げられた小さな絵だった。

額装の状態から判断すれば、それは油絵のような絵ではなく、リトグラフらしきものと推測された。

しかし、かなり技巧的なテクニックを駆使して描かれた写実的な絵である。

本来、宗像は写真家だが、絵画や彫刻などの表現芸術にも造詣が深く、いつも暇さえあれば多くの画廊に出入りしていた。建築家の磯原も、宗像の才能に一目置いていたのは、必ずしも写真だけというわけではなく、もって生まれた広くて深い美的感覚に裏付けられた、新鮮な批評眼に注目していたのだった。

直感だがこれは凄い。今までお目にかかったことのないような絵だと、宗像は胸の高まりを抑えることができなかった。しかも仄かに退廃的な匂いが立ち込めている。加えてミステリアスな印象も漂う。

この絵を描いた画家はいったいどんな人物なのだろうか? しかし同時に、そこに描かれた官能的な雰囲気の中で、幾分挑戦的な美しさを漂わせている女に、強く惹かれたことも否定しがたい事実だった。

天気も良いし、ひとまずカフェで喉を潤してから画廊に入ろう。時間はまだたっぷりある。

緑色に塗られた鋳鉄製の椅子に腰をおろし、道路の反対側を見ると、少し奥まってはいるが、そこにもカフェとレストランが店を出していた。右側には商店街らしい佇まいの風景が連続して見えていた。いかにもこれがロンドンの良き住宅街といえそうな光景が広がっていた。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『緋色を背景にする女の肖像』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。