そこは中東のパリと呼ばれた街に相応しい賑やかさときらびやかさを取りもどしていた。平和そのものに見えた。

ハムラ・ストリートをぶらぶらとして、通りから細い横道へ少し入ってみると、飲み屋街のネオンがキラキラと輝いていた。これも他のアラブ国には見られないベイルートらしい光景だ。

二人はそのネオンに吸い寄せられるように一軒のバーに入った。

中に入ると、店は広さ八畳位の狭い薄暗い空間に、Jの形をしたカウンターがあるショットバーであった。カウンターの中には二人の男が立っていて、奥にびっしりとウイスキーやリキュールの瓶が並んでいる。

テーブル席はなく、カウンターに先客六人の背中が並んでいた。一様に肘をつけて飲んでいる。

内一人は女性客だ。

カウンターの右端が空いていたので、一番端に高倉、その隣に大河原が立った。
二人共奮発してコニャックをオーダーした。

カウンターの中にいるバーテンダー二人の内の一人は普通の身体だが、もう一人はかなり体格がいい。一八五センチ位の上背で、肩幅が広くがっちりとしている。黒の長髪が縮れていて、すそがはね上がっている。

大河原がそのバーテンダーに話しかけた。

「あなたはいい身体をしてるね。なにかスポーツやってるの」
「はい、空手をやってます、あなた方はヤバーニ?」

日本人か?と、グラスを磨きながら逆に聞いた。

「そうだ、ヤバーニだ」
「日本人なら空手はモンケン(出来る)でしょう、今度教えて下さい」と言った。

中東の人達は、日本人は皆空手が出来ると思っているようだ。

「はい、今度空手を一緒に練習しましょう」
と大河原は冗談っぽく言いながら、急に真顔になって、
「ところで、この内戦は終わったの?」と聞いた。そのとき時刻は午後八時頃だったと高倉は記憶している。

「いや、まだ終わっていない。実は今夜も状況はあまり良くないようなので九時には店を閉めるつもりだ」

バーテンダーは暗い目を伏せて答えた。

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『アパルトヘイトの残滓』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。