第一章 青天霹靂 あと377日

二〇一六年

一月十八日(月)

母の些細な異変は俄(にわ)かに起こった……。

二人で窓の外を眺めていると、「アキ……うーうー、あーあー」と、何かを指差すものの言葉が出せない。これまでは、吃ることはあっても完全に絶句することはなかった。

けれど、内心で戸惑いつつ、私は平然を装った。

そして、言葉を取り戻させるべく「何か歌え」と促すと、「♪ うさぎ追いし かの山 ……」と、母は歌い始めたが、すぐに泣きだしてしまい唇をかんだ。

「それじゃ、一緒に歌おう……」と、リードするつもりが、いつしか二人とも涙で声をつまらせ、窓外へ目をやったきり呆然と言葉を無くしていた。

一月十九日(火)

三週間も前に頼まれた、文字盤の用意をずっと先延ばしにしていた。何件かの店をまわって見つけられなかった事もあるが、何より、母がそれに頼りきりになるのを恐れたからだ。

しかし、このところの症状悪化に危機の念を強め、急場にパソコンで打ち、プリントして持ってきた。

母は「ありがとう」と、言いはしたものの、残念ながら手遅れだったようだ。頭では言葉も文字も解っているし、私が差せば読む事も出来る。けれど、並ぶ五十音の中から目当てとする字を探す事が出来ない。何という怠慢を犯してしまった事か……と、私は自分の頭を殴りたい衝動にかられた。(結局、文字盤より看護師の作ってくれた「痛い」「痛くない」と表裏に絵を描いた団扇の方が気に入ったようだ。)

[写真1]ユニークな絵の団扇に満悦の母