謎多き天才が残した一枚の絵画をめぐる、
超大作アート・ミステリー。
写真家の宗像は、偶然訪れたロンドンの画廊で、一枚の肖像画に心を奪われる。絵画の名は、夭折した謎多き天才画家ピエトロ・フェラーラの「緋色を背景にする女の肖像」。フェラーラの足跡を追い求めてたどり着いたポルトガルの地で、宗像は美術界を揺るがす秘密に迫っていた。美術界と建築界に燻るスキャンダル。その深部と絵の謎が交錯していく。アートに翻弄された人々の光と影を描き出す、壮大なミステリードラマを連載でお届けします。
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「それだけの公正を期したということですね?」
「その通りだ。この設計コンペの審査はいつになく面白かった。審査初日から、我々は登録ナンバー145番とはいったい誰なのかと、ずうっと考えていたのだからね。実は一次審査のときからこの案は話題を独り占めしていた。最後の最後にルッシュ会長立会いのもと、登録ナンバー145番の封筒を開封したら、ピーター・オーター氏の名前が書かれていたという具合なのさ」
「ピーター・オーター?」
「全く無名と言っても良い建築家だ。オーター氏は現在六十七歳。英国のグラスゴーで小さい事務所を主宰している。しかし少々変わった人間のようでね、当選発表後、インタヴューに駆けつけた各国の建築雑誌記者やジャーナリストには、誰一人会おうとし なかったらしい。依頼された原稿は、後日必ず書いて送るという説明を、全て奥さん一人で対応したそうだ。そんな状態だから、オーター氏が初めて公に姿を現したのは、この設計コンペの授賞式の日だった。もちろん、審査委員長である私にしたって、その日が初対面というわけだった」
「ピーター・オーター氏とはどんな人物だったのですか?」
「いや別にどうってことはね。ほら見たまえ、ここに小さく載っているだろう、この男だよ」
そう言って、磯原は最後のページに掲載された一等当選者の簡潔な挨拶文と、その上に掲げられた小さい顔写真を指差した。
「ほらこの通りの顔だ。細身長身の男でもの静かな紳士。そう、英国流に言えばまさにジェントルマンかな。オーナーのルッシュ会長も、会場で彼と話すことができて大変満足していた。恐らくこれは二十一世紀の初頭を飾る話題の世界的建築となるだろうからね。
かのオーターさんだが、最初は無口な人物かと思っていたが、話してみると、これが意外に歯切れの良いテンポのしゃべり方でね。そうだな、調子の良いイタリア語風のイントネーションが感じられる具合だったよ」
【登場人物】
宗像 俊介:主人公、写真家、芸術全般に造詣が深い。一九五五年生まれ、46歳
磯原 錬三:世界的に著名な建築家一九二九年生、72歳
心地 顕:ロンドンで活躍する美術評論家、宗像とは大学の同級生、46歳
ピエトロ・フェラーラ:ミステリアスな“緋色を背景にする女の肖像”の絵を26点描き残し夭折したイタリアの天才画家。一九三四年生まれ
アンナ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラーの妻、絵のモデルになった絶世の美人。一九三七年生まれ、64歳
ユーラ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラの娘、7歳の時サルデーニャで亡くなる。一九六三年生まれ
ミッシェル・アンドレ:イギリス美術評論界の長老評論家。一九二七年生まれ、74歳
コジモ・エステ:《エステ画廊》社長、急死した《ロイド財団》会長の親友。一九三一年生まれ、70歳
エドワード・ヴォーン:コジモの親友で《ロイド財団》の会長。一九三〇年生まれ、71歳
エリザベス・ヴォーン:同右娘、グラフィックデザイナー。一九六五年生まれ、36歳
ヴィクトワール・ルッシュ:大財閥の会長、ルッシュ現代美術館の創設者。一九二六年生まれ、75歳
ピーター・オーター:ルッシュ現代美術館設計コンペ一等当選建築家。一九三四年生まれ、67歳
ソフィー・オーター:ピーター・オーターの妻、アイリーンの母。
アイリーン・レガット:ピーター・オーターの娘、ニューヨークの建築家ウィリアム・レガットの妻。38歳
ウィリアム・レガット:ニューヨークでAURを主催する建築家。一九五八年生まれ、43歳
メリー・モーニントン:ナショナルギャラリー美術資料専門委員。一九六六年生まれ、35歳
A・ハウエル:リスボンに住む女流画家
蒼井 哉:本郷の骨董店《蟄居堂》の店主
ミン夫人:ハンブルグに住む大富豪
イーゴール・ソレモフ:競売でフェラーラの絵を落札したバーゼルの謎の美術商