いろいろなことに慣れていく。面白いことがあったり、何かを達成できたりすると、笑顔が浮かぶ。だが、状況は変わらず絶望的だった。観光案内所の係員は来ない。一人また一人とスマホの充電が切れていく。

もちろんソーラーパネルによる充電はできるが、充電したところでどこにもつながらないので意味がない。最後の一人の電源が絶えた時、彼らは「完全に孤立した」と思った。

誰かが狼煙(のろし)を上げ続けようと提案したが、火の始末や周辺の野生動物の動揺を考えて、却下になった。もっとも、狼煙を上げなくとも日中は絶えずカマドの火を切らさなかったので、少々の煙は上がっていた。もしヘリコプターでも飛んできたら、十分に気付いてもらえるはずである。

しかし、ごくありふれたキャンプ場である笹見平の煙で、わざわざ降りてくるヘリなどあるだろうか。夏場は毎日のように誰かが来て煙を上げている場所である。若者たちのよく知っている「現実世界」が正常のままだったら、気にせず通過するに違いない。

ちなみにカマドは全部で五基作られた。設計は岩崎と早坂である。これにより、火起こし・火の始末は格段に向上した。五つはそれぞれ十歩程の間隔で東西一直線に築かれた。

これは、たとえばメンバーがキャンプ場から離れて迷子になっても、遠目に五つのカマドの煙を見れば、キャンプ場の位置と方角が分かるようになっている。立ち昇る煙が一直線に見えたら、そこは太陽の位置と照らし合わせてキャンプ場の真西か真東になる、という寸法だ。

大学生を中心にしたメンバーが十名程度の探検チームを編成し、日にわずかずつ、キャンプ場の周辺探索を始めた。主に南の方角へ調査を進めた。南に行けば、吾妻川に流れ入る支流が見つかるかもしれない。新しい水源として重宝するだろう。もっと大きな希望としては、吾妻街道まで降りたら人家があるかもしれない。

だが願いは虚しく、ほんのわずかに南下したところで、笹見平をかすめて走る県道がブッツリ切れ、そこから先は切り立った谷で、前進できない。

林ががっかりしていると、探検隊の先陣を切っていた盛江が「なあに、ここに谷があるってことが分かっただけでも、探検をした甲斐があるってもんさ」と、みなを励ました。

探検隊は南ルートを諦め、東南のルートをあたることにした。