2007年

青春ポピュラー音楽

二〇〇六年から今年にかけてアメリカとフランスで音楽を題材にした映画がヒットした。
アメリカではビヨンセ主演の『ドリームガールズ』。アカデミー賞候補にもなった作品で、ジェニファー・ハドソンという新人が助演女優賞を獲得した。

私達の世代が十代だったころ最も魅力的な洋楽はビートルズ、ベンチャーズ、ビージーズ、モンキーズ、アニマルズ、ウォーカー・ブラザーズ(等々名前を挙げると切りがないが)などだった。

そのひとつにモータウンサウンドがあった。テンプテーションズの「マイガール」やシュープリームスの「ラブチャイルド」などは一九六〇年代のポピュラーミュージックとして今でも私の青春のポップスである。

モータウンサウンドは白人に迎合した黒人音楽とも言われるが、昭和三〇年代の貧しい群馬の田舎から豊かなアメリカにあこがれていた私にとっては、繁栄を謳歌していたアメリカの黄金時代を象徴するサウンドである。

ラジオから流れる魅力的なモータウンサウンドはその一端を感じさせてくれた。

映画『ドリームガールズ』はそのシュープリームスをモデルにしたミュージカル映画である。

ビヨンセがダイアナ・ロスを演じているが、この映画で圧倒的な歌唱力で輝きを放っているのが、ビヨンセによってリードボーカルを追われたシンガーを演じるジェニファー・ハドソンである。
失意のうちに薬に溺れ、転落して行く役を演じて見事であった。

でもこの映画はフランスではあまりヒットしなかったようだ。
是非観たいと思っていたのだが、レンヌの映画館では短期間で上映終了となり観られなかった。だが日本
への一時帰国の飛行機の中で観ることができた。

一方で『ラ・モーム』という映画がフランスで大ヒットロングランを続けた。
『ラ・モーム』はモータウンサウンドよりさらに前の時代一九四〇〜五〇年代に世界的スターとなったシャンソン歌手エディット・ピアフの生涯を描いた作品である。

もちろん私は同時代で彼女の歌を聞いてはいないが、「ばら色の人生」や「愛の賛歌」などは日本人でも誰もが一度は耳にしたことがあると思う。

インターネットで調べてみると「今日、彼女はフランスで最も偉大な歌手の一人として記憶され、尊敬されている。フランスではいまだに彼女のレコードが売れ続けている」とある。

この『ラ・モーム』のヒットを機に、テレビでエディット・ピアフ特集などが放映され、現代の若い歌手が彼女のヒット曲を歌う番組などもあり、フランスである種のブームになった。

『ラ・モーム』はその偉大なエディット・ピアフの光と影を描いたものである。
フランス語なので残念ながら私にはセリフが全く理解できなかったが、それでも感動した映画であった。

『ドリームガールズ』と『ラ・モーム』はどちらも歌手の人生を描いた素晴らしい映画であったが、その描き方にアメリカとフランスの違いが感じられて、その観点からも興味深いものであった。

『ドリームガールズ』でジェニファー・ハドソン演じるグループを追われた歌手は、事実ではシュープリームスが大スターとなる一方で、失意と貧困のうちに三十二歳で生涯を閉じたそうである。

映画では頂点を極めたそのシュープリームスが解散コンサートの際に、三人組シュープリームスの四人目のメンバーとして紹介され、共に歌いフィナーレを迎える。

挫折はしても夢や友情を信じて希望を持ち続けることでハッピーエンドとなるいかにもアメリカ映画らしい終わり方である。

一方『ラ・モーム』では輝かしい栄光で彩られたエディット・ピアフの、私生活では愛するものに去られ、薬物に溺れるなど決して幸福とは言えない悲劇的生涯を描いている。

病苦に蝕まれながらかろうじて立ち歌ったラストコンサートを、病のベッドで思い出しながら、孤独に生涯を閉じるラストシーン。私は涙をこらえることができなかった。

同じようにミュージシャンを描きながら、どんなに苦労をしても夢を持ち続けて生きようというメッセージを送るアメリカ映画に対して、夢や希望だけで生きられるほど人生は単純ではないよというフランス人の述懐が聞こえてきそうな、人生の苦さを描くフランス映画。

音楽好きの私としてはどちらも音楽の素晴らしさを味わえて、楽しめたのだった。

※本記事は、2018年10月刊行の書籍『ブルターニュ残照』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。