その日、大鳥沙也香のマンションを訪ねてきたのは、まったく予想もしていなかった人物だった。玄関ドアを開くと、異様に目つきの鋭い男が立っていた。男は、
「松岡と申します」といいながら、懐からなにかを取り出して見せた。

提示されたものを見ると、それはスマホタイプの警察手帳だった。そこには[警視庁捜査一課 松岡秀忠]と書かれている。階級は警部補らしい。

「捜査一課の方……ですか」沙也香は、戸惑った声でつぶやいた。
「てっきり交通課の方がお見えになると思っていたのですが」

「ええ、いろいろ事情がありましてですね。 わたしがおうかがいすることにしました」
「事情? どんな事情ですか。捜査一課の刑事さんが来られたということは……」

捜査一課は、強行犯といわれる殺人や強盗、 傷害事件などを担当する部署だ。今回の事故 で、なぜ捜査一課の刑事が来たのだろう─ 沙也香が戸惑ったのはそのことだった。

「捜査一課がどんな仕事をしているか、よくご存じのようですね」
「もちろんですわ。刑事さんは、わたしの職業を知った上でみえられてるんでしょう?」

「ええ、そのとおりです。大鳥沙也香さんといえば、人気のある推理作家で、おまけに大変な美人だという評判です。そのことは、いま確認させていただきました」

「あら、刑事さんという人種は、お世辞をいわないものだと思っていましたわ」
沙也香はわざと冗談っぽくいって、小さく笑った。

「いいえ、感じたことをそのままいったまでです」
松岡は心をつかませないような硬い表情を崩さずにいった。

「そうですか。でもほんとうのところ、なぜ捜査一課の方がおいでになったんですか。あれは交通事故だったんでしょう」

沙也香が「あれ」といったのは、数時間前に起きた事故のことだ。

 
※本記事は、2018年9月刊行の書籍『日出る国の天子』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。