2007年

スズランの日

五月一日は日本と同じくメーデーで、フランスでも祝日である。今年は土曜日と重なったため残念ながら休日は増えなかった。

メーデーのこの日はスズランの日でもある。町を歩くと、いたるところにスズラン売りを見かける。
祝日でも午前中だけ開いている、パン店、鮮魚店、精肉店(これらは生活必需品だから)の店先で売っていたり、教会の前や市街地の街角で売っていたりする。

売り子は生花店ではなく、小学生、中学生から大学生、そして物乞い風のアラブ系のおばさん、募金活動の教会の人たちなど。この日は商売人だけでなく、誰でもスズランを売ることができるそうだ。

なぜメーデーの日がスズランの日なのか、鹿島茂氏の『フランス歳時記』にはこうある。

なぜスズランかというと、フランスでは、この日にスズランの花束を贈られた人に幸運がやってくるという言い伝えがあるからだ。
(中略)
しからば、どうして、五月一日が「スズランの日」になったのかといえば、それはスズランの開花がはっきりとした春の到来を告げるしるしで、フランス人にとって一番うれしい季節である五月はスズランとともにやって来るからだ。

これからフランスが最も美しい季節になる。
 


ル・マンでサッカー観戦

五月五日、二十四時間耐久レースで有名なル・マンに行ってきた。

レンヌとパリの中間くらいに位置する町で、牛や羊が草を食む北フランスの、のどかな牧草地帯を高速で走ること一時間三十分のところにある人口十四万人の地方都市である。今回の訪問はル・マンに進出しているNTNという日本企業とル・マン市が招待してくれたのだった。

ル・マン市は、ガロ・ローマ期にできた高い城壁に囲まれた旧市街に中世からルネサンスの建物が並んでいる、サルト川に面した美しい街である。中でも聖ジュリアン教会はロマネスクとゴチックの建築様式が融合した壮大な建物で、完成まで二百年の時間を要したそうである。

ステンドグラスはところどころ欠けていたり単純な模様になっていたりと保存状態はいまひとつだが、外壁を支えるフライング・バットレスや空中に突き出たガルグイーユなどは立派なものだ。

車一台がやっと通れるほどの狭い石畳の道は、フランスのどの都市に行っても見かける旧市街のたたずまいであるが、
散策すると歴史を感じられて豊かな心持ちになる。

保存すべき歴史や文化と近代的な部分をうまく調和させているところは日本に欠けているところだと改めて思わざるを
得ない。

散策の後、ル・マン市経済振興局長が自宅に招いてくれた。旧市街の真ん中にあるツタがからまる石の壁が歴史を感じさせる古い建物で、玄関を入ると古い壁や暖炉、年代ものらしい机や椅子があり、壁には数多くの絵画が飾られていた。

木製の階段の手すりや壁の文様は十三世紀のものだというから驚きだ。それはそれで見事なほど伝統や文化の重みを感じさせてくれる。

対して日本の庶民の住宅は伝統の重みを感じることのない薄っぺらなものだと思わされる。フランスでは古い建物ほど高い金を出さなければ買えないという。

秘書のジュリエットも昨年レンヌ市内に住宅を購入したのだが、本当に欲しかった旧市街の古いアパートは高くて買えなかったと言っていた。

歴史の詰まった年代物の家具や部屋で伝統の値うちを感じながら、ゆったりとした時間を過ごすというのがフランス人の理想とする生活のようだ。

だが、そういう年代物をこれでもかと見せつけられても単に古いと思うだけで、歴史の重みの感慨を得るまでいかない私などから見ると、こんなに広いと暖房するにも大変だろうなあとか、近代的なキッチンやトイレなどはつけられず不便だろうなあ、とひがみ半分の気持ちが頭をもたげてきてしまう。

日本やアジア諸国のように伝統や歴史よりも近代化のエネルギーこそが経済発展を支えるものだという経験にとらわれ
た者にとっては、そんな感想が偽らざる本音である。

それでは精神的に貧しいのではないかという声が後ろの方から聞こえてくるのもまた事実ではあるのだが……。

※本記事は、2018年10月刊行の書籍『ブルターニュ残照』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。